菊地秀行ほか『クトゥルー怪異録』学研M文庫 2000年

 「出てくるものは,つねに我々の内側(なか)にいる」(本書 菊地秀行「出づるもの」より)

 和製クトゥルフ(<こだわり!)神話6編よりなるアンソロジィです。また巻末に菊地秀行佐野史郎の対談「ラヴクラフトに魅せられて」も収録されています。ちなみにカヴァは矢野健太郎。この人もクトゥルフもののマンガ作品を発表していましたね(途中で反原発ネタが絡んで,わけわからないようになりましたが^^;;)。

佐野史郎「曇天の穴」
 “私”の前に現れた奇形の兎。それがはじまりだった…
 ミスカトニック大学ランドルフ・カーターなどが顔を出すので,クトゥルフもののワン・ヴァージョンではありますが,むしろ狂気に陥った詩人が幻視した異形の世界を,のってりとした文体で描き出した幻想小説風の作品です。個人的にはディスク化された『ネクロノミコン』という小道具を,もう少し活用してほしかったですね。
小中千昭「蔭洲升を覆う影」
 藤宮伊右衛門の写真に魅せられ,“私”は,その被写体となった漁村・蔭洲升へと旅立つ…
 H・P・ラヴクラフトの代表作のひとつ「インスマウスの影」を,日本に置き換えた作品。脚本家自身によるTVドラマのノベライゼーションです(うう,ドラマ版,見てみたいなぁ)。「インスマウスの影」に見られる「内的な恐怖」を,日本特有の「見捨てられた故郷」と重ね合わせることで,上手に換骨奪胎しています。不気味な余韻を持ったラストもグッドです。
高木彬光「邪教の神」
 不気味な邪教の神像を手に入れた男が殺害され…
 神津恭介ものの1編。既読作品ですが,最初に読んだときは「クトゥルフ遭遇以前」でしたので,「チュールー神」が,クトゥルフに由来するとは知らず,驚きました。この作者らしい本格ミステリとしての枠組みを保持しながら,犯罪を誘発するものとしての「邪神像」という設定は,なかなか巧いですね。それにしても神津恭介の描写に,「深い叡智を示す端麗な顔」とか「深い叡智を宿す漆黒の瞳」とかいった文章が出てくるのは,いま読むとちょっと恥ずかしいですね^^;;
山田正紀「銀の弾丸」
 この作者の短編集『終末曲面』所収。感想文はそちらに。
菊地秀行「出づるもの」
 北海道の某地点。自衛隊に取り囲まれたその場所に出現したものとは…
 H・P・Lの有名な言葉に「人間のもっとも原初的な感情は“恐怖”である」というのがありますが,本編では,「恐怖」が原初的であるがゆえに,「邪神」と人間との間には,避けることのできない宿命的な関係があることを示しているように思います。そしてそれは,冒頭に引用した意味深長な「予言」と響き合うものといえましょう。
友成純一「地の底の哄笑」
 30年前に閉山した炭坑で起きた爆発の真相とは…
 ホラーの舞台として,しばしば取り上げられる「見捨てられた町」として,古い炭坑町を選んだのは,作者が九州在住者であるだけでなく,この作者の着眼点のユニークさにあるのでしょう。その炭坑町の風景に「人間の傲慢さ」を織り込むことで,ラストでのカタストロフ−あまりにあっけない人間の死−とのコントラストを強調しているのかもしれません。乱痴気騒ぎの大宴会が一転惨劇の修羅場と化すという毒々しさは,やはり友成テイストなのでしょう。ただ個人的には,主人公たちに廃坑の中を探検させたり,過去の事件を小出しにしたりして,もう少し長めの作品にしてくれると嬉しかったです。

01/12/28読了

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