井上雅彦監修『黒い遊園地 異形コレクションXXIX』光文社文庫 2004年

 「異形コレクション」の第29集。22編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

朱川湊人「よい子のくに」
 “俺”は,気がつくと遊園地にいた。見知らぬ“友人”たちとともに…
 登場人物たちの「正体」は,古典的なホラー作品にも見られるもので,途中でうすうす見当がつくのですが,ラストで明らかになる彼らの「関係」は,すぐれて「時代の刻印」を押されたものと言えましょう。
飛鳥部勝則「番人」
 子どもと行った遊園地。そのメリーゴーランドで男は奇妙な体験をし…
 物語の「核」となる部分は,おそらく遊園地とは別のところにあったのでしょう。しかし,それを曰くありげなメリーゴーランドと結びつけることで,その奇怪さを上手に盛り上げています。ラストの一文もグッド。
小中千昭「未来の廃墟」
 10年前に閉園したテーマパークを訪れた編集社とカメラマンは…
 「遊園地という非日常空間に囚われる」という,きわめてオーソドクスなモチーフを,「未来」と「廃墟=過去」とが交錯したテーマパークを舞台にして,鮮やかに換骨奪胎し,もの悲しいストーリィに結晶化させています。
皆川博子「使者」
 2通の手紙…それだけが若き詩人の生きた証だった…
 この作者ならではの華麗な文体で,主人公の妄想と狂気が,しだいしだいに蓄積されていく様を活写しています。冒頭に記された詩人の「存在の希薄さ」,それは,「詩人」が,主人公の負い目と狂気が産み出した架空の存在であったことを暗示しているように思います。
薄井ゆうじ「桜子さんがコロンダ」
 1年前に死んだ桜子さんから,メールが届いた…
 編者の企みでしょうか? 残酷さと皮肉に満ちた本集の中で,一服の清涼剤を思わせる1編です。川原泉「ゲートボール殺人事件」のエンディングを連想しました。
芦辺拓「少年と怪魔の駆ける遊園」
 少年が作った“箱庭”をのぞき込んでいるうちに“私”は…
 遊園地が持つ「異界性」と,この作者自身の求める「異界性」とオーヴァラップさせた作品です。前半の,あまり「らしくない」社会批評めいた文言は,後半で示されるものとのコントラストを狙ったものだと納得した次第。
木原浩勝「在子(ねねこ)」
 神社の境内で開かれた移動遊園地で,祖父とともに見たものとは…
 老人の「語り」という手法を用いて,視覚的な鮮烈さと,得体の知れなさをミックスさせた本編は,『新耳袋』の作者らしい1編と言えましょう。
加門七海「赤い木馬」
 浅草に出かけた男は,少女から声をかけられ…
 前半に描かれた「リアル」を,まるで嘲笑うかのように,あれよあれよという間にファンタジィへと疾走していく後半のスピード感がいいですね。
立原透耶「迷楼鏡」
 皇帝の愛妾にされた亡国の王女は,復讐を誓う…
 中国を舞台にした妖異譚。しばしば「妖女」の存在が,中国王朝の滅亡の原因とされますが,それを別の視点から描き出した作品です。「王朝を滅ぼす妖女」とは,その王朝によって虐げられ,抑圧された「女」の象徴なのかもしれません。
朝松健「東山殿御庭」
 足利義政の時代,造営中の東山殿御庭で,怪異が頻発し…
 ご存じ「一休妖異譚」の1編。将軍の庭園を「遊園地」と言いくるめるのは,ちょっと無理がありますが(笑),怪異を描きながらも,そこに「理」を通すところが,このシリーズの魅力のひとつ,本編にもそれがよく現れています。
井上雅彦「楽園に還る」
 彼は還ってきた…かつて彷徨いこんだ楽園に…
 この作者のゴジラに対するオマージュ作品として見ていいのでしょう。,作中の“彼”が「美しい」と感じる「音楽」とは,「映画の中のゴジラに対する恐怖の悲鳴」と「ジェットコースタの恐怖の悲鳴」に通じるものなのでしょう。つまり「快楽としての恐怖」として。

05/01/01読了

go back to "Novel's Room"