ブライアン・ラムレイ『黒い召喚者』国書刊行会 1986年

 アーカムハウス叢書の1冊。タイタス・クロウシリーズを含む計14編を収録しています。タイトルにリンクがはってある作品は,この作者の短編集『タイタス・クロウの事件簿』にも収録されています。
 なお巻末に,訳者である朝松健による「あとがき」と「解説」が収録されていますが,ネタがばれまくっていますので,本編を読む前に読むことは,お薦めできません。

「自動車嫌い」
 愛する妻と息子を自動車事故で失った兄は…
 人があまり訪れない,しかしまったく訪れる人がいないわけではない場所で,密かに,食虫植物のように「犠牲者」を待ち受けている狂気というモチーフが,くりかえしホラー作品で取り上げられるのは,「もしかしたら」という読者の想像力を刺激するからなのかもしれません。
「深海の罠」
 “小生”が,無礼ながら唐突にパーティの席を立った理由を申し上げます…
 スーパーマーケットに並ぶ切り身になった魚や肉。わたしたちが,その本来の「姿」を見る機会はますます減ってきています。そして,「それ」がどのように育ったのか−どこに棲み,何を食べたかなど−を知ることもまた無くなりつつあると言えましょう。そんなメタファとしても読める作品だと思います。
「縛り首の木」
 怪異を信じないノンフィクション作家に対して,クロウは…
 ネタはいたってシンプルなのですが,本編の眼目は,そこにもっていくまでの演出にあるのでしょう。
「屋根裏の小説家」
 売れない作家は,思わぬ“金の卵”を見出し…
 設定が,奇妙と言えば奇妙でおもしろいのですが,やや「あざとい」感じがぬぐえません。それゆえ(おそらくショッキングさを狙ったであろう)ラストも,いまひとつインパクトに欠けるうらみがあります。
「黒の召喚者−タイタス・クロウの体験談」
 感想文は『タイタス・クロウの事件簿』に。
「ニトクリスの鏡」
 古代エジプトの邪悪な女王が所有していたと伝えられる鏡を手に入れた男は…
 「異界との通路としての鏡」というモチーフはオーソドクスながら,そんな「魔物」を畏れながらも惹かれるという,(クトゥルフ神話ものに共通する)アンビヴァレンツな心情を巧みに描き出しています。
「海が叫ぶ夜」
 海底油田を掘削するシーメイド号が沈没した真の理由は…
 地球上のあちらこちらに「邪神」が眠っているという,コテコテのクトゥルフ神話ものです。しかも,使われるアイテムは異なれど,「本体」を描かず,「予兆」によって恐怖を醸し出すところは,まさにラヴクラフトの原神話を忠実に踏襲したものと言えましょう。
「異次元の灌木」
 “呪われた地”から移植した灌木には,奇怪な習性が…
 ラヴクラフトの「宇宙からの色」の後日談といったスタイルの作品です。植物の変身が,動物以上にインパクトがあるのは,「静」と「動」のコントラストが,より鮮烈だからでしょう。
「ダイラス=リーンの災厄」
 “夢の国”ダイラス=リーンは,いまや邪悪な商人の侵入を受けていた…
 ラヴクラフト以来,「夢」もまた,クトゥルフ神話においては重要なアイテムとなっていますが,HPLの場合,それはあくまで「通路」「入り口」としての「夢」だったように思います。本編では,「夢の国」というソリッドな存在として設定され,クトゥルフ神話が,その世界の根本をなしている点,神話の広がりを示しているものと言えましょう。
「デ・マリニイの掛け時計」
 タイタス・クロウ邸に押し入った泥棒は,その“掛け時計”をこじ開けようとするが…
 事情を知らないで襲った悪漢が,魔的なものに逆襲されるというと,萩尾望都『ポーの一族』に出てくる,アランの最初の犠牲者となった盗賊一家を思い出します。泥棒にはいるときは,ちゃんと下調べをしましょうという教訓が含まれています(笑)
「創作の霊泉」
 新人の恐怖小説作家が語った創作の秘密とは…
 異能な作家の創作の秘密というパターンは,しばしば見受けられるモチーフですが,この作品のそれは,じつにグロテスクです。ホラー作品でときおり見かける素材を,上手に料理しています。
「真珠」
 死んだ老漁師は,巨大な真珠貝を見たと言うが…
 「海洋綺譚」といっていい作品です。一方で,西洋古来の海のモンスタ“大蛸”を否定しながら,別の,より現実的な“モンスタ”を提示しているところがミソなのでしょう。
「狂気の地底回廊
 奇怪な古文書を頼りに“私”たちが発掘したものとは…
 HPLの「狂気の山脈にて」へのオマージュ作品(クトゥルフ神話の場合「オマージュ」という評が適切かどうか,ちょっと迷いますが)。それにしても「神話」,いやさ「伝奇」は,つねに貪欲です。本編でもヴェゲナー大陸移動説,天文学が発達していたというマヤ文明などを取り込みながら,クトゥルフ神話へとつなげていっています。

05/04/29読了

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