カール・ジャコビ『黒い黙示録』国書刊行会 1987年

 「それにしても,いかにたやすく忘れてしまうものか。それは不思議なほどだった。いや,不思議なのはむしろ,人がその中から何を選んで記憶にとどめるのか,ということであろう」(本書「二振りの剣」より)

 アーカムハウス叢書の1冊。21編を収録しています。ちなみにこの作者の「水槽」が,仁賀克雄編のアンソロジィ『幻想と怪奇 1』に収録されています。
 気に入った作品についてコメントします。

「黒の告知」
 骨董屋で手にした1冊の本…それが悪夢のはじまりだった…
 ふたつの古典的モチーフ−メインとなったモンスタと,偶然手に入れた奇怪な本というイントロダクション,そのふたつを結びつけたところに,本編のユニークさがあるのでしょう。また,そのモンスタに関わる「あるもの」の代わりに,カメラを導入している点が新味なのだと思います。
「呪われたステッキ」
 男は,競売で入手したステッキのために…
 物語の骨格は,すぐに見当がつくのですが,おもしろいのは,メイン・モチーフとなっているステッキの由来と,それによって生じたクライマクスでの幻想的な光景でしょう。本編で描かれた奇妙な葬儀って,ホントにあるのか興味がひかれるところです。
「二百年の疾駆」
 嵐の夜,“わたし”が飛び込んだ宿屋には,奇妙な先客がおり…
 指輪をめぐる,定型的とも言える因縁譚ではありますが,むしろ奇妙なのが宿屋の主人の態度です。その,怪異を日常風景のように接する態度は,もしかすると,かつて誰もが持っていたものなのかもしれません。
「凧」
 ボルネオの森林監督官の妻の奇病の原因は…
 この作者の作品は,ストーリィ的には比較的オーソドクスなのですが,使われている「小道具」が,けっこう魅力的です。本編では「凧」。いわゆる「接触呪術」とも「類感呪術」とも異なる,奇怪な「呪い」の方法がユニークです。
「悪魔のピアノ」
 作曲家が手に入れた恐るべきピアノとは…
 テレパシーとピアノというユニークな組み合わせに,さらに黒魔術を加えることで,スリルたっぷりのストーリィを紡ぎ出しています。前掲「黒の告知」と同様,この作者の本領は,素材の絶妙なコラボレーションなのかもしれません。
「サガスタの望遠鏡」
 死んだ妹の夫の元を訪れた“わたし”は…
 この作品も,ストーリィはいたってクラシカルなのですが,そこに表題にある「サガスタの望遠鏡」というアイテムを入れ込むことで,ミステリアスで幻想的な場面を上手に描き出しています。
「湖の墓地」
 男が海底から引き上げた遺跡の正体は…
 現代とは異なる方法で科学の発達した古代文明といったモチーフや,いわゆる「封印破りパターン」など,どこかクトゥルフ神話との親近性を感じさせる作品です。ネタとヴォリュームのバランスがいまひとつという感じでしたが(個人的にはもう少し「理論武装」がほしいところ),クライマクスでのスピード感は圧巻です。
「苔の島」
 地質学調査に「苔の島」を訪れた“わたし”は…
 映像化(ないしはマンガ化)したら,スラプスティク風味のテンポのよい作品になるかと思います。ただラストのセリフ−主人公が見たのは単なる幻影だったのか,それとも「白い苔」の肥大はさらに進んでいるのか−が,なにやら不気味です。
「キングとジャック」
 不倫相手の夫から,カードゲームに誘われた賭博師は…
 その「カード」は,スーパーナチュラルな「力」を持っているのか,それとも賭博師の「負い目」が産みだした妄想なのか…「理」と「理外」の間,すれすれのところで展開するストーリィ展開がおもしろいですね。
「二振りの剣」
 博物館見学中,“わたし”は,突然,決闘の立ち合いを求められ…
 今ではガラスケースの中に「行儀よく」並んでいるモノ…しかしそれぞれに特有の「歴史」があったことは間違いないのでしょう。掌編のせいもあってか,どこか「都市伝説」を思わせる1編です。
「マイヴ」
 マイヴという奇妙な名で呼ばれる沼地で,“私”が体験したことは…
 この作者のデビュウ作だそうです。ストーリィよりも,むしろイメージ−「異界」としての植物群が鬱蒼と生い茂る沼地,そしてその沼地が産みだした恐るべきモンスタ−をメインとした作品です。
「風の中の顔」
 古くなった荘園の壁を直したことから,“わたし”は奇怪な事件に巻き込まれ…
 いわゆる「封印破り」パターンの作品です。本編の「見せ場」は,やはり,モンスタに魅入られた青年が描いた「絵」でしょう。その絵に秘められた謎が明らかになるシーン−主人公が「それ」に気づくのがやや唐突な観は否めないものの−は,登場するモンスタの異形性を,じつに効果的に表現しています。

05/03/20読了

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