シャーリイ・ジャクスン『くじ 異色作家短編集12』早川書房 1976年

 『たたり』の作者の短編集。20編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

「魔性の恋人」
 結婚式の朝,女はフィアンセの迎えを待つが…
 若い男に騙された中年女,といった,わりと「ありがち」なストーリィ展開は,最後に思わぬフェイントを迎え,結果,その「ありがち」な光景は,突如,非日常的な不気味さに彩られていきます。ふと足を出した先に,路面が消え失せたような不安を感じます。
「決闘裁判」
 彼女の部屋から,小物ばかり盗んだのは…
 もしかすると,こういった結末を迎えるための,孤独な老女が企んだ策謀だったのでしょうか? 孤独な心は,似たような孤独な心に対して敏感なのかもしれません。
「ヴィレッジの住人」
 売り出しの家具を見に来た彼女は,そこで…
 今の生活に大きな不満があるわけではないけれど,かつて持っていた夢や希望に対する愛着は,けっしてなくなるものではないのでしょう。主人公がついた他愛のない“嘘”に,そんな愛着を示されているように思います。あるいはまた,最後の一文−「肩が痛んだ」−は,その「夢」と「今」との間に横たわる,越えようのない「時間の溝」を象徴しているのではないでしょうか。
「魔女」
 列車の中,親子連れの元にひとりの男がやってきて…
 男の語ったことは本当のことなのか? 男はいったい何者だったのか? 悪意だったのか? それとも,母親がかたくなに主張するように単なる「からかい」だったのか? すべては曖昧ながら,日常に紛れ込んだ「得体の知れない物」が持つ「いやな感じ」を浮かび上がらせています。
「背教者」
 飼い犬が,隣家の鶏をかみ殺したことから…
 本編では「都市と田舎」というコントラストを強調しているようにも感じられますが,ラストでの子どもや犬の振るまいから,こういった「むきだしの残酷さ」というのは,日常の“水面”のすぐ真下に,つねに渦巻いているように思えます。
「どうぞお先に,アルフォンズ殿」
 息子が家に連れてきた友人は,黒人だった…
 おそらく黒人差別を扱った作品なのでしょう。建前上は,「差別はいけない」としながら,黒人に対するステレオ・タイプな見方に囚われ,さらに弱者であるはずの黒人に対する「慈悲」が拒絶されたときに怒りを覚える,といった白人の側の微妙な心理を,巧みに浮かび上がらせています。
「チャールズ」
 息子の通う幼稚園には,チャールズという問題児がいた…
 わたしには子どもがいないので実感はできませんが,これまで自分の膝元にいた子どもが,幼稚園や学校に行く,ということは,親にとって,複雑な気持ちを起こすものなのでしょうね。ラストで苦笑させられる作品です。
「意味の多様性の七類型」
 書店に入ってきた夫婦は,全集ものがほしいという…
 この男は,たとえ口では「本を読む」と言っていても,けっして読みはしないだろう,ということがわかるだけに,本好きにとっては,(ありそうな話だけに)辛い物語です。そういえば,1970年代の日本でも,応接間に「○○文学全集」や「××百科全書」を「ずらり」と並べるのが,インテリアとして流行ったそうな…
「もちろん」
 隣家に引っ越してきた家族は,とても良い人に見えた…
 「なにか」が起こったわけでもないし,確実に起こるわけでもない,しかし,トラブルの予感と,それに対する不安が,じんわりと浮かび上がってくるストーリィです。いわば「寸止め」とでも言いましょうか?
「塩の柱」
 マーガレットは夫とともにバカンスでニューヨークへ行くが…
 プラス・イメージが大きければ大きいほど,裏切られたときのマイナス・イメージもより大きいのかもしれません。「背教者」と対をなすような作品で,普段は感じられない「都会」に潜む「得体の知れないなにか」を,田舎出の主婦の目を通して描き出しています。
「ジミイからの手紙」
 夫は,ジミイからの手紙を,開封もせず送り返すと言う…
 情況の背景をいっさい説明せず,ほんのわずかなワン・シーンを切り取ったような作品。ジミイとは何者なのか? ジョンとは? 夫と妻はうまくいっているのか? などなど,ただただ読者の想像を刺激する掌編となっています。
「くじ」
 毎年恒例の“くじ引き”の日がやってきた。今年も滞りなく進むが…
 人は,どんな残酷なことにも馴れることができると言います。しかしそれでも残る「うしろめたさ」を,「儀式」や「形式」は,緩和させる,ないしは麻痺させる「効能」があるのかもしれません。「儀式」というものが持つ硬直性と「いい加減さ」,内容よりも「形式」を重んじる滑稽さ…それらを,いくぶんユーモアを交え,さながら「収穫祭」のような「定例行事」のように描きながら,ショッキングなラストで,その「くじ」の持つ(あるいは「儀式」そのものが持つ)底知れぬ不気味さを見事に浮かび上がらせています。

05/10/30読了

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