藤田宜永『標的の向こう側』角川文庫 1996年

 パリ在住の私立探偵・鈴切信吾。彼はある夜,暴力団組長の一人娘とともにパリに駆け落ちしてきた青年・刈谷雄司と知り合う。それをきっかけに,彼の姉・留美子・サンチェスから,夫・リカルドの浮気調査を依頼される。愛人宅をつきとめ,訪ねた鈴切を待っていたのは,リカルドの死体だった。彼を殺したのは誰か? そして雄司をつけ狙うヒットマン・笠原から逃れるため,鈴切は彼らとともに,スペインのサンチェス邸へと向かう。しかしそこでもふたたび殺人が・・・。鈴切が調査の果てに見いだしものは?

 はじまりはオーソドックスです。浮気の調査依頼,偶然行き当たる死体,富豪一家に渦巻く欲望と愛憎。誰もが動機があり,誰もが殺す機会をもっている。ただこの作品では,1本の筋がもつれあって進むだけではなく,さらに殺し屋につけ狙われる日本人カップルという,もうひとつの筋が絡んできます。その結果,連続する殺人事件の犯人は,いったいどちらの事件によるものなのか? サンチェス一家をめぐる事件なのか,雄司と暴力団をめぐる事件なのか,そして両者のつながりはどうなっているのか,が,サスペンスを盛り上げています。また鈴切の調査が進むに連れ,謎の深まるサンチェス家の由来が,事件と密接に結びついている点,なにやらおどろおどろしい旧家を舞台にした本格推理小説を思わせます。ただ後半から結末にかけて,累々たる屍という感じで,ちょっと後味が悪いですね。また雄司も,ちょっと哀れすぎませんかねえ。まあ全体としては,なかなかサスペンスあふれる物語でした。

 スペインを舞台にしたミステリをあまり読んだことがないのですが,どうしてスペインを舞台にすると,あの歴史的事件がいつも関係してくるんでしょうか? やはり現在でも,あの事件は深い影をスペインに,そしてヨーロッパに落としているのでしょうか? 

 ところでハードボイルド小説では,小気味よいセリフや,少しひねった描写が,魅力というか,一種の「売り」になっていることはたしかですが,この小説では,ちょっと多いんじゃないかな,とも感じました。気のきいたセリフや描写は,ときおり出てくるから効果的なのであって,あまり頻出すると,少々白けます。

97/04/08読了

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