白石一郎『孤島物語』新潮文庫 1998年

「なあ,亀次郎。水平線を左から右へずうっと首を回して眺めて見ろ。この大地が丸いってことがよく判るだろ。丸い大地を何も四角四面に歩くことはないんだ」(本書「入墨」より)

 『蒙古の槍』に続く「島」と「海」を舞台にした連作短編集です。前作のサヴ・タイトルがこの作品ではメイン・タイトルになっているのは,ちょっと不思議な感じがしますね。

「江戸山狼(やまいぬ) 佐渡島」
 佐渡の金山に,江戸から無宿人が送り込まれることになり,勇作はその世話を任され…
 「生きて帰れぬ佐渡送り」と無宿人に恐れられた佐渡の金山ですが,無宿人が送り込まれたのは江戸の最初からというわけではなく,途中からだったんですね。多くは語られぬものの,江戸で,どうやら病人を安楽死させて佐渡に送られてきた医師休悦のキャラクタが光っています。ずいぶん前ですが,テレビの「必殺シリーズ」のひとつは,たしか佐渡から逃げてきた無宿人が主人公だったことを思い出しました(山田五十鈴が出ていたような・・・)
「鳥もかよわぬ 八丈島」
 関ヶ原の一戦で敗れた宇喜多秀家は,強運にめぐまれ,幕府の目から隠れ続け…
 江戸時代,「島送り」といえば八丈島,その流人第1号が,本編の主人公宇喜多秀家です。その「鳥もかよわぬ」八丈島で50年も生きたというのは,この作品で描かれるように,そうとう強運な人物だったのでしょうね。もしかすると,それは周りの人々の「運」を吸い取っているのかもしれません。たとえば阿井のような人々から・・・
「三年奉公 五島列島」
 五島列島のひとつ嵯峨ノ島に住む民治は,ある日,漂流してきた女を拾い…
 「三年奉公」という,なんとも理不尽な制度に驚きますが,どこか現代の東京に出てきた地方出身者の行く末を思わせるところもあります。おきくの強烈な意思を貫こうとする生き様が鮮烈です。
「金印 志賀島」
 甚兵衛の家で小火が出た日,彼は巨石の下から金印を見つける…
 日本史の教科書に必ず出てくる,志賀島で発見された国宝「漢委奴国王」の金印。以前,福岡に住んでいた頃,福岡市美術館で見たことがあります(今は福岡市博物館にあります)。はじめて見たとき,思っていたより小さいのに驚いたことを憶えています。その金印をめぐる騒動を描いていて,スラプスティク風な味付けのある作品です。金印と火事との奇妙な因縁がおもしろいですね。
「悪童 能島」
 いたずらが過ぎて,庄屋の娘を死なせそうになった駒吉は,父親に無人の小島に連れて行かれ,一晩を過ごす…
 主人公が眠っているうちにタイム・スリップ(?)してしまうという,幻想的な作品です。この作者にしてはちょっと珍しいのでは? 悪童でありながら,純な心持ちの主人公がじつにかわいいです。描かれざる「その後」を想像すると楽しいですね。
「倭館 対馬」
 釜山の倭館に朝鮮方役人として赴任した対馬藩士・伊丹小弥太は,ある秘密を知り…
 鎖国していた江戸時代において長崎が「唯一の窓口」と一般に言われていますが,そのほかに,松前藩の北方との交易,薩摩藩の琉球交易,そして本編で取り上げられている対馬藩の朝鮮交易がありました。その朝鮮交易をめぐる,ある武士の悲劇を描いた作品です。ここで描かれる「孤島自立」は,けして過去のものではなく,離島を多く持つ鹿児島では現代の問題でもあります。目立った地場産業のない離島には,政府から多大な公共事業費が回されます。「公共事業漬け経済」という批判はあるものの,有効な対案が提示されていないのもまた現実です。もしかすると,日本列島を取り巻く離島には,どこでも抱えている問題なのかもしれません。
「入墨 隠岐島」
 流人の音吉が住む隠岐島に,一組の男女が流れ着いたことから…
 主人公音吉と流れ着いた男亀次郎は,「島」と「罪人(入墨)」という二重の「囲い」に囲まれています。彼らの周囲に広がる「海」は,彼らを閉じこめるものであるとともに,冒頭の一文にありますように,そんな「囲い」から抜け出すための「脱出口」でもあります。「島」は孤立しているとともに,海を介して遙か彼方にも繋がっている,そんなふたつの顔を持っているのでしょう。ラスト・シーンは,そんな「島」の,そして「海」の持つふたつの顔を巧みに描き出しているように思います。

98/04/13読了

go back to "Novel's Room"