白石一郎『蒙古の槍 孤島物語』文春文庫 1991年

 サブタイトルからもわかりますように,「島」と「海」をめぐる7編をおさめた短編集です。

「蒙古の槍 肥前鷹島」
 蒙古襲来によって全島民惨殺された鷹島。偶々離島していて難を逃れた老人は,孫の躰に突き刺さっていた蒙古の槍を手に取り,復讐を誓う…
 ラストで,捕まった蒙古兵を殺せなかった老人に対して侍がこう言います。「やっぱり漁師じゃ,人は殺せん」。それはたしかに嘲りの言葉ですが,しかし老人にとっては,「蒙古の槍」が抱え込んでいた“修羅”からの解放を,「復讐者」から「一漁師」への回帰を意味しているのかもしれません。
「人名の墓 塩飽諸島」
 大阪の安女郎おそのは,塩飽島の“人名”庄九郎により,半ば強引に島へと連れて行かれるが…
 ここで描かれる“海”は,人の躰を,そして心を癒す存在なのでしょう。庄九郎の,どこか突き抜けたようなあっけらかんとした性格が,読んでいて気持ちよいです。それにしても幕藩体制下で,“人名”という独立した自治組織があったというのは興味深いですね。
「巨船 答志島」
 信長・秀吉の直属水軍として活躍した九鬼嘉隆。関ヶ原の戦いでは石田三成側に着いたのだが…
 主人公・嘉隆の破天荒な性格がたまりません(笑)。こういった戦国の世ならではのキャラクタの退場が,徳川時代の始まりなのでしょうね。鈴木輝一郎の『国書偽造』を思い出させます。
「長すぎた夢 小笠原諸島」
 開国に揺れる幕末,外国奉行・水野忠徳は,密航を企てた男の話を耳にする。その男は,八丈島の彼方に先祖伝来の島があるという…
 小笠原諸島を自国の領土にしようとする,幕府の非情な政治的思惑の中で,押しつぶされ,もみ消されていく一族の“長すぎた夢”。その哀しさを際だたせるラストシーンがいいです。今の国境の線引きがけっして「あたりまえのもの」でも「永遠のもの」でもないことを気づかせてくれます。
「三十人目の女 大崎下島」
 「女郎は29人までにせよ」という家訓を破ってしまった海老屋吉兵衛を待ち受けていたものは…
 ひとりの女の出現によって狂っていく男の人生,本集中では,不気味な風変わりなテイストを持った作品です。
「鉄砲修業 種子島」
 琵琶湖湖畔の鉄砲鍛冶の村・国友村の兵三郎は,今でも大砲をつくっているという種子島を目指すが…
 かつて南海交易の中継地して栄え,鉄砲が初めて伝わった種子島は,すでに歴史の海の中に沈んでしまっています。兵三郎が思い描く“種子島”は,そんな“幻の島”です。どこか「夢の終わり」を思わせるせつない物語。本作品集で一番のお気に入りです。
「献上博多 伯方島」
 江戸に博多織の帯を売りに来た大黒屋清兵衛。思うように売れずに落ち込む彼は,伯方島出身の茶屋女おしなと出会い…
 「はかた」が取り持つ縁で知り合った男と女の人情噺,といったところでしょうか。現代を舞台にしても通じそうな話ですね。

98/07/08読了

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