貫井徳郎『失踪症候群』双葉文庫 1998年

 警視庁警務部人事二課所属の環敬吾。一見窓際族のような彼には,もうひとつの顔があった。それは,警察外の3人を手足のごとき使い,警察が乗り出すことのできない事件を調査するチームの長。今回,上層部から依頼された“事件”は,若者の失踪をめぐる調査。失踪した若者にはいくつかの共通点が見られるという。彼らの失踪の背後にはいったい隠されているのか?

 この作家さんの名前は,ウェッブ上でしばしば見かけ,前から読みたかったのですが,てっきり文庫化された作品はないと思っていました。先日,ふーまーさん@電悩痴帯からこの作品のことを教えていただき,さっそく書店で探査(<大げさ),入手することができました。ふーまーさん,ありがとうございました(_○_)。

 物語は,警察内部にある秘密組織が,現段階では事件性がないため警察組織が動けない“事件”を調査する,という体裁の,ちょっと異色な警察ミステリ,といったところでしょうか。ただ環の「秘密組織」の性格がいまひとつはっきりしないので,少々戸惑うところもありますね。「症候群シリーズ」で,しだいに明らかにされてくるのでしょうか?
 さて環たちは,失踪者に見られるわずかな共通点,それこそ雲をつかむようなを手がかりをもとに失踪人たちを追います。調査の過程で浮かび上がるさまざまな手がかりと謎,それらが連鎖していきながら,環たちを“真相”へと導いていきます。そこらへんはオーソドックスな“マン・チェイスもの”といった印象です。
 そんな環たちの行動を追う一方,“失踪”した若者と,彼を探し,つけ狙う謎のパンク野郎を並行して描いていきます。なぜ若者は狙われるのか? パンク野郎は何者なのか? その意図は? という謎を提示することでスリル感を盛り上げています。さらに秘密チームのひとり私立探偵・原田柾一郎の「家庭の事情」を絡めることで,ストーリィにメリハリをつけていてます。
 全体的に展開はスピーディで,テンポよく読み進めることができます。ま,ちとすんなりいきすぎて,もの足りない部分もありますが・・・。それに冒頭で,「香港ルートの人身売買業者」やら「北朝鮮の特務機関」やら,なにやら大風呂敷が広げられているわりには,明らかにされた真相は,あまりに小粒ですね。作者は,ある種の「いまどきの若者」を描き出そうとしていて,それに環たちの調査を絡めるのに,こんな風なイントロを書かざるをえなかったのかもしれません。

98/08/07読了

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