土屋隆夫『危険な童話』角川文庫 1975年

 傷害致死で服役していた男が4年ぶりに仮出所。しかし彼を待っていたのは冷酷な殺意だった。容疑者として,男が殺された家の未亡人が逮捕されるが,現場から消え失せた凶器の行方は? 殺害の動機は? そして警察に舞い込んだ投書が,捜査陣を混迷の渦へと投げ入れる・・・。

 『猫は知っていた』に続く「実家から持ってきた懐かしのミステリ」第2弾です(おいおい,シリーズもんかい,これは?)。

 「ハウダニット」に主眼をおいた作品です。殺害犯人は,逮捕された未亡人・江津子であることは,物語の最初のほうで,ほぼ確定的となります。しかし,彼女は,限られた時間と行動範囲内で,いかにして凶器を見事に隠しおおせたのか? これが探偵役である木曾刑事の解くべき最初の謎として提出されます。そして2通の投書の謎。投書には,犯人が江津子とは別の人間であると書かれ,犯人でないと知りえない事実が記されている。おまけに,それまで捜査線上に浮かんでこなかった人物の指紋が明確に残っている。拘留中の江津子に,投書を出すことはもちろん,その人物の指紋を押させることは到底不可能。ではいったいどのようにして? と,謎は深まるばかりです。ここらへんの,つぎからつぎへと謎が提示される展開はスムーズで,読む者をぐいぐいと引っ張っていきます。そして木曾刑事は,それらの難問を,「機械仕掛けの神」のごとく一刀両断に解明するのではなく,ひとつひとつ地道に,そして根気強く解いていきます。多少「江津子が犯人だ」という頑迷なまでの思い入れが鼻につくところもありますが,・・・。だからこの作品は,「名探偵」の物語ではなく,むしろ(変な言葉ですが)「名犯人」の物語のように思えます。名犯人によって周到に計画され,実行された殺人事件を,凡庸ながら執念深い探偵が,徐々に明らかにしていく。そんな物語なのでしょう。大上段に振りかぶった「大トリック」というわけではありませんが,小技の効いた小さなトリックを幾重にも積み重ねることによって,不可能犯罪を可能にする犯人像のほうが,主人公の木曾刑事よりも,格段に魅力的に思えてしまうから不思議です。

 また各章の冒頭に,本編の主要モチーフでもあり,またじつは真相に密接に関わり合う「童話」が挿入されています。そのもの哀しい雰囲気をたたえた「童話」は,この作品のエンディングと共鳴し,作品全体を深い哀愁で覆っています。このことも,探偵よりも犯人の姿を,よりくっきりと映し出す効果を持っているように思います。

97/08/17読了

go back to "Novel's Room"