山口雅也『キッド・ピストルズの妄想』創元推理文庫 2000年

 「そう,空想物語だよ。人の抱く妄想なんて,みんな,そんなものさ。いや狂っていなくたって,人はそれぞれの物語を抱えながら生き続けるているんだ」(本書「神なき塔」より)

 パンク探偵キッド・ピストルズの活躍を描くシリーズである本作品には中編3編―「神なき塔」「ノアの最後の航海」「永劫の庭」―が収録されています。巻末の「初出」を見ると,「神なき塔」のみが雑誌掲載で,残り2編は単行本化の際の書き下ろしだそうです。そのせいでしょう,作者自身が「序に代えて パラレル英国の概説」にも書いていますように,「ある興味深い共通項が見いだせ」ます。

 この作者といえば,死者が蘇る世界を舞台にした『生ける屍の死』にしろ,日本について半可通な外国人が書いたという設定の『日本殺人事件』にしろ,「奇妙な世界」を設定することで,その「世界」で起こる「奇妙な事件」に,独自の論理的一貫性を与えるといった「芸風」の持ち主です。警察よりも「名探偵」たちが事件の捜査の主導権を握るという「パラレル英国」を舞台にした本シリーズも,その一環をなすものとえいましょう。
 しかし,本作品集では,独自の論理的一貫性を持った「世界」に,さらにもうひとつ,「狂人の論理」を導入しています。「奇妙な世界」の中の「奇妙な論理」を入れ込んでいます。その「奇妙な論理」は,「神なき塔」に登場する,一種のマッド・サイエンティストや,「ノアの最後の航海」の聖書根本主義者,「永劫の庭」での,庭に取り憑かれ,みずからを「神」に模する庭師や貴族に体現されています。そんな二重の「奇妙さ」の枠の中で「奇妙な事件」が起こるわけです。
 主人公のキッドは言います。
「世界は客観的に一つ存在するだけじゃないんだ。それぞれの人間がそれぞれの世界を抱えて生きているんだ。だから人の行動の謎を解くには,その人の世界―ときに妄想さえも―を共有することから始めなきゃならないんだ」
 作者のこれまで,読者に対して,「奇妙な世界」の独自の論理を提示することで(作者と読者とが「世界」を共有することで),みずからの作品世界を構築してきましたが,本作品では,むしろそのことはすでに「前提」となり(それはこの作者の作品が,一定の社会的認知を受けたことにもよるのでしょう),作中人物―キッド―に対して新たな「奇妙な論理」の解明を課することで,「奇妙な事件」が起こることの必然性を保証させようとしているように思えます。それはこの作者のこれまでの方法論の延長線上にあるとともに,もう一歩,奥行き深い世界にたどり着いたのではないでしょうか?

 「神なき塔」では,塔から飛び降りたはずの研究者の死体が,塔の屋上から見つかり,代わりに別の人間が墜死する,という謎が提示されます。丁寧に引かれた伏線が,ラストできれいに回収されている点,本集中,一番ミステリとしてすっきりまとまった作品だと思います。「ノアの最後の航海」では,新興宗教にかぶれた大富豪が,ノアの箱船を建造,遺産を分け与える条件として,その箱船で一ヶ月過ごすことを課した,というお話です。ミステリ的なトリックよりも「奇妙な論理」が重視されているようで,ちと物足りないところもありますが,謎解きのプロセスが小気味よいですね。「永劫の庭」は,毎年恒例の「宝探しゲーム」に参加したキッドたちが,お宝の代わりに首なし死体を発見するという内容。ペダントリシズムに満ちた作品で,首を切る理由の意外性と,その伏線の巧さ,また後味のよいラストがいいですね。

 このシリーズでは,個人的には一番好きなテイストを集めた作品集です。ちなみに『このミス'94』国内編第2位の作品です。

00/06/06読了

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