池波正太郎『剣客商売 隠れ蓑』新潮文庫 1991年

 以前にも書いたのですが,このシリーズで,秋山小兵衛の手足となって活躍する四谷の弥七傘徳こと傘屋の徳次郎をメインとしたエピソードを読みたいと思っていました。本書所収の「徳どん,逃げろ」は,そんな思いを多少なりとも満たしたくれた作品です。
 偵察を兼ねて,博打場に出入りする傘徳に,「一緒に盗みをやらないか」と声をかけてきた盗賊・土崎の八郎吾。「飛んで火にいる・・」と思った傘徳だが,盗みの先が小兵衛の隠宅と聞き・・・というお話です。盗賊であるにもかかわらず,八郎吾に親近感を抱いていくところや,小兵衛宅に千五百両もの大金があることを知った傘徳が,「俺だったらどこに隠すだろう」などと思いをめぐらす姿は,なんともほほえましい感じです。
 ただこのエピソードの魅力は,なんといっても盗賊・八郎吾のキャラクタでしょう。ほとんど初対面の人間(傘徳)に盗みの相方を頼み,おまけに「人のことを,うたぐってみたら切りがねえよ」と語る,盗賊とはとうてい思えぬ“善人ぶり”です。そんな飄々とした男ですが,ラストで彼が抱え込んでいた“修羅”が明らかにされ,そのコントラストがじつに鮮やかで,なおかつ余情にあふれています。

 一方,「隠れ蓑」は,独特の雰囲気に満ちた作品です。秋山大治郎が偶然再会した老僧と盲目の武士のコンビ。じつにかいがいしく盲目の武士を介護する老僧の姿は,さながら「念友」(男色関係ですな)のようですが,じつはその過去には意外な因縁が・・・というストーリィです。「敵討ち」は,このシリーズでときおり描かれますが,「敵を追う者」と「敵として狙われる者」というのは,ときとして,親兄弟,恋人,夫婦以上に,どこか通ずるものがある,不思議な関係なのかもしれません。

 本集で,きわめて個人的事情から楽しめたのが,「決闘・高田の馬場」です。殿様同士のつまらない見栄の張り合いから,決闘をせざるを得なくなった剣客の苦悩と,それを聞いた秋山親子のユーモアたっぷりの対応が描かれています。
 わがままな,子どもじみたプライドを持った上司のために苦労する部下の姿は,現代にも十分通じるものでしょう。そういったことを,つい最近,身近で経験しているわたしとしては,ラストでの秋山親子の大立ち回りには,思わず拍手喝采を送りたくなるほどの痛快さが感じられます。
 ほんと,作中に出てくるセリフ,
「世の中のことも,人のこころもわからぬお坊ちゃまが,大人になっただけよ」
ではありませんが,そんな風に評したくなる「大人子ども」(というか「子ども大人」というか)は,いつの世にも,うんざりするほどいるものなのでしょうね。やれやれ・・・・

 ところで,このシリーズ,テレビ化され,放映中だそうな・・・。で,秋山小兵衛役は藤田まこととのこと。けっして嫌いではない,いやむしろ好きな役者さんではありますが,小兵衛のイメージとはちょっと違う気もします(でも見てないので,ドラマとしての出来はどうなのかわかりませんが(^^ゞ)。

98/12/01読了

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