池波正太郎『剣客商売 白い鬼』新潮文庫 1989年

「世の中の善い事も悪い事も,みんな,余計なものから成り立っているものじゃよ」(本書「手裏剣お秀」より)

 さて秋山大治郎佐々木三冬のふたり,いよいよ盛り上がってまいりました。
 まずは「西村屋お小夜」。根岸の寮に帰る途中の三冬,林間からの声にのぞき見れば,そこには男と女の交じり合う姿。が,女の顔は去年盗賊に連れ去られたという西村屋のお小夜。その晩,何者かが三冬宅を襲い・・・というエピソード。で,三冬は曲者をひとり捕らえ,大治郎に相談しにいくのですが,そのときの彼女,「声が甘やかにひびく」「くろぐろとした双眸は,これまでに見たこともない妖しいかがやきを帯びている」といった変わりよう。男女の交合を目の当たりにした三冬,口では「猥らがましいふるまい」と言いつつも,秘やかに変化が訪れているようです。
 ついで「暗殺」。何者かに襲われている若侍を助けた大治郎。その若侍が握る秘密をめぐって大治郎に刺客が・・・,というお話。体面・見栄のために疑心暗鬼に陥り,邪魔者を排除しようする杉浦丹後守正峯にはやりきれないものを感じます。で,その戦いで手傷を負った大治郎。看護する飯田粂太郎少年に小兵衛が言います。「今夜だけは別の人に看護をさせてやれ・・・・」
 そして「三冬の縁談」です。実父・田沼意次と,試合をして三冬が負ければ嫁にいく,しかし三冬が勝てば破談と約束した彼女,今回も勝つ気でいるが,相手の名前は大久保兵蔵,かつて大治郎が剣を交えたことのある男。三冬の腕ではかなう相手ではない,おまけにこの男,性格的にも問題あり。そこで大治郎,小兵衛に相談するのだが・・・,というエピソード。
 三冬から縁談の話を聞いた大治郎,相づちを打つのですが,「それは,め,で,たい・・・」とか「なる,ほど」とか,思いっきり動揺してます。なんか光景が目に浮かびますね(笑)。で,ひさびさに小兵衛が親バカぶりも見られます。お話の展開としては,ちと都合がよすぎるところもありますが,このエピソードを機に,朴念仁の大治郎,ようやく自分の気持ちに気づきます。破談になったあとの大治郎,「ことさらに元気」のようです(笑)。さてこのふたり,どうなるのでしょう?

 本書で一番好きなエピソードは「雨避け小兵衛」です。突然の驟雨に無人の小屋に雨宿りした小兵衛,そこに少女を誘拐した浪人が逃げ込んできて・・・,という話。前巻の感想で,本シリーズはさまざまな剣客たちの群像を描いているというようなことを書きましたが,この作品は,小兵衛と関山虎次郎というふたりの剣客の数奇な関わりを通して,その運命の明暗を鮮やかに描き出しています。ラストの,おはるに甘える小兵衛の姿は,しんみりとさせられます。幾多の修羅場をかいくぐり,それでも飄々とした小兵衛にも,そんな剣客としての人生のはかなさ,あやうさに参ってしまう夜もあるようです。

 ところで内容と関係はないのですが,「たのまれ侍」に出てくる小針又三郎「亡父・又右衛門は,生前,安土町・心斎橋筋お小ぢんまりとした家に住み,好きな読書にふけって一生終えた」そうな・・・。うらやましいなぁ(°°)。

98/08/25読了

go back to "Novel's Room"