池波正太郎『剣客商売 十番斬り』新潮文庫 1994年

 前巻の感想文で,主人公秋山小兵衛に「老い」が垣間見える,などと書いてしまいましたが,いやいや,この爺さん,そんな「たま」じゃありませんでした(笑)。収録7編のうち,5編において,八面六臂の活躍を見せます。

 とくに表題作「十番斬り」。碁敵の小川宗哲医師宅で小兵衛が偶然見かけた浪人村松太九蔵。彼はかつて4人の剣客を討ち果たして出奔した人物。死病に罹った彼,「何やら,一念思い立った」という・・・そんなストーリィです。このエピソードでは,小兵衛が雪の舞う中,バッタバッタと悪党どもを切り捨てるという大立ち回りの剣戟シーンがたっぷりと楽しめます。また死を目前にした太九蔵が,今生の最後の勤めとて,悪党どもを成敗しようと決心するシチュエーション,死の間際に彼が漏らした一言・・・などなど,まさに時代劇のエッセンスを「ぎゅっ」と凝縮させたようなお話です。
 このほか,「白い猫」では,果たし合いを求められた小兵衛が,その場所に向かう途中,無頼浪人に襲いかかられる話,また「罪ほろぼし」では,「辻斬り」事件で秋山親子が切腹に追いやった永井十太夫の息源太郎を助けたのをきっかけに,大泥棒の強盗事件を未然に防ぐお話,と,まだまだ小兵衛,当分衰えそうにありません。

 さて,これからも小兵衛の活躍が期待できるところではありますが,じつは,この巻で個人的に楽しめた作品は,ともに秋山大治郎がメインとなるエピソードです。ひとつは,大治郎がたまたま知り合い,好意を寄せた老人は敵持ちだったという「逃げる人」です。老人の敵が,友人の橋本又五郎であることを知った大治郎は苦悩します。敵を追う者,逃げる者,両者の気持ちを知る大治郎は選択を迫られます。さらに,作中,かつて小兵衛が逢ったことのある敵持ちの心中が描かれ,たとえ闘って勝つ自信があったとしても,敵と狙う人物と出会うことの恐怖が語られることで,物語に深みが与えられています。今風にいえば,逃亡する殺人犯の心境なのでしょう。やはり,追う者より追われる者の方のストレスが大きいのでしょうね。剣客というものが,闘うことを宿命づけられたものである以上,知り合い同士,友人同士が敵対関係になることも,ときとしてあり得るのでしょう。
 もう1編「浮寝鳥」は,乞食ながら,どこか品格のある老人稲荷坊主が惨殺された。その事件を追う大治郎がたどり着いた真相とは・・という内容。一人娘おみよのけなげさが,稲荷坊主が歩んできた人生の悲惨さを浮かび上がらせています。また最後に明かされる彼の正体は,大治郎に,時の流れの無情さを教えているように思います。
 これらの事件に遭遇した大治郎が,剣客としてどのように成長していくのか・・・このへんもやはり目が離せませんね。

98/06/18読了

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