泡坂妻夫『煙の殺意』創元推理文庫 2001年

 8編をおさめた短編集です。

「赤の追想」
 「失恋したんだね」・・・桐男は加那子を見るなり,そう言った…
 相手の話す内容だけを手がかりとして,意外な「真相」を導き出す推理,突拍子もない,どこか偏執狂じみた「動機」・・・主人公の名前は桐男ですが,それが「亜愛一郎」であっても,けっしておかしくない作品です(笑)
「椛山訪雪図」
 その絵の作者が北斎だと知ったのは,殺人事件がきっかけだった…
 「反転の妙」は,ミステリの魅力のひとつです。本編は,そのおもしろさを,俳人其角の句−闇の夜は吉原ばかり月夜哉−や,葛飾北斎の絵といった江戸情緒をたっぷりと滲ませながら描いています。作者の「江戸っ子気質」みたいのが色濃く出ていますね。本集中,一番楽しめました。
「紳士の園」
 “スワン鍋”を愉しんだ直後,“わたし”たちは死体を発見し…
 オープニングで,公園の池に漂う白鳥を鍋にして食べちゃう,という,ある意味ショッキングなシーンを挿入することで,一種の「煙幕はり」をしているようです。「普通」という軸を少しずらすことで,奇妙なミステリ的状況を作り出すのは,この作者のお得意技でしょう。
「閏の花嫁」
 突然,姿を消した友人から届いた手紙…
 作品のメインとなっている「秘密」は,途中で見当がついてしまいますが,ラストの一文で,じんわりと恐怖を盛り上げているところは,やはり巧いですね。
「煙の殺意」
 水漏れをきっかけに上階の女を殺害。それは単純な事件に見えたが…
 テレビ大好き警部と死体大好き(?)鑑識官というエキセントリックなキャラクタを配置することで,まっとうに(?)書いたら長編になりかねない設定を,コンパクトにまとめています。ここでもスラプスティクを上手に使っていますね。
「狐の面」
 炭坑で起きた狐憑きを,安宅蓬同師は見事に落とすが…
 憑いた狐を落とそうとして折檻で殺してしまったという事件は,実際に起こったことであると聞いています。そんな実話を,インチキ修験者のエピソードを織り交ぜながら,すっきりとしたミステリ短編に仕立て上げています。マジックに造詣の深いこの作者の「顔」ものぞかせています。
「歯と胴」
 不倫相手から夫殺しを頼まれた“私”は…
 ミステリ的ツイストをふんだんに取り入れたクライム・サスペンスと言えましょう。この手の作品の場合,主人公の犯罪がいかにして露見するか? が,ひとつのポイントになりますが,主人公を法医学教室の医師として,なおかつユニークで意外な(それでいて被害者のキャラクタ設定からしてけっして不自然でない)「手がかり」に着目した点は秀逸と言えましょう。途中の主人公の犯罪を犯した動揺も巧みなエピソードで浮き彫りにしています。「椛山訪雪図」に次いで楽しめた作品。
「開橋式次第」
 開橋式の朝,15年前に起きた迷宮入り事件ときわめて類似した殺人が発生し…
 「特異な動機」は,この作者が好んで取り上げるモチーフですが,その嗜好が存分に発揮された作品です。ただ「亜愛一郎シリーズ」に似たようなテイストの作品があったやに思います。

01/12/25読了

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