泡坂妻夫『亜愛一郎の転倒』創元推理文庫 1997年

 「亜愛一郎」という懐かしい名前を見つけ購入,さっそく読み進みましたが,どうも既視感。初出誌を見ると,収録8編のうち6編が,1970年代後半の『幻影城』。「なるほど」と納得。当時,『幻影城』が店頭に並ばなくなり,思いあまって(?),編集部に電話したところ「もう出ません」とのお言葉に,世の無常(と資本主義の非情)を知るという,貴重な経験をさせてもらいました(笑)。

「藁の猫」
 完璧な写実を目指した画家の遺作展。亜は,その絵の中に奇妙なものを発見する。6本の指,間違った針の時計,開かない扉…
 わたしのあまり得意でない,一種の「妄想型推理」なのですが,それほど違和感なく読めたのは,やはり作者の技量なのでしょう。動機はなぜか『詩的私的ジャック』『封印再度』を思い出しました。
「砂蛾家の消失」
 土砂崩れでバスが不通。徒歩で山越えを試みる亜ら一行3人。ところが道に迷い果て,ある一軒家にたどり着いたのだが…
 一夜のうちに,大きな合掌造りの家が姿を消してしまうという不可解な謎に亜が挑みます。トリックそのものはオーソドックスなものだと思いますが,その真相に至るために引かれた細かな伏線が心憎いです。
「珠洲子の装い」
 飛行機事故で急逝した歌手・珠洲子。死後の彼女の人気は急上昇し,彼女の生涯を描く映画のオーディションが行われ…
 これは読み始めてすぐに,真相を思い出してしまい,個人的にはちょっと楽しめませんでした。残念です。ただ謎解きとしては,裏をかいた手法で,なかなかおもしろいと思います。
「意外な遺骸」
 山中で発見された死体の状況は,童歌の内容と酷似していた…
 「見立て殺人」です。以前どこかで,日本には『マザー・グース』のようなポピュラーでいて不気味な童歌がないので,横溝正史「悪魔の手鞠唄」を作らねばならなかった,というような話を読んだことがありますが,この作品を読むと,「そんなことはないよなあ」と思ってしまいます。要するに料理人次第なのでしょう。謎解きも意外性があり,本作品集では一番楽しめました。
「ねじれた帽子」
 亜の拾った「ねじれた帽子」。世話好きの友人とともに,持ち主に帰そうと奔走するのだが…
 亜シリーズは,どれもスラップスティック的な雰囲気がありますが,この作品(のとくに前半)は,その傾向が強いように思います。最後のところは多少アンフェアかもしれませんが,笑えます。
「あらそう四巨頭」
 功成り名を遂げ,引退した4人の大物。彼らが集まり,なにやら不穏な動きをし始めて…
 これも思い出してしまいました。しかし「思い出す」ということは,それだけ印象的だったということなのでしょう。ほのぼのというか,にたりというか,笑みを誘う結末が好きです。
「三郎町路上」
 タクシーの中に,一瞬のうちに出現した首切り死体。いったいどのようにして…
 この作品中では,とびきり不可能趣味の作品です。きちんと論理的な結末を迎えるのですが,「なぜそんなことするのか?」あたりが,ちょっと物足りなかったです。発表誌を『野生時代』(これもまた懐かしい)に移しての第1作なのでしょうか,ちょっとケレン味が強いようです。
「病人に刃物」
 入院している友人を見舞いに来た亜。その病院の屋上で,男が殺され,友人に疑いが…
 被害者にだれも近づいていないのに犯行が行われるという「見えない犯人」ネタとでもいうのでしょうか。発想の転換による亜の推理は,なかなか楽しめました。また想像するとちょっと怖いです。

97/06/27読了

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