梶尾真治『かりそめエマノン』徳間デュアル文庫 2001年

 「そう。遠くから来たの。また……遠くへ行くのよ」(本書 エマノンのセリフ)

 孤児だった荏口拓麻には,特殊な能力が備わっていた。予知能力と異様なまでの記憶力。そして孤児院に入る直前に握っていた少女の柔らかい手の記憶・・・自分はいったい何者なのか? その問いを反芻する彼の前に現れたひとりの少女。エマノンと名乗る彼女は,彼の双子の妹だった・・・

 本文庫版の「エマノン・シリーズ」第3作は長編です。これまでこの作者は,連作短編という形で,主人公エマノンと,さまざまな人々との出会いと別れを描いてきました。地球上の30億年に及ぶ全生命の記憶を持つ少女エマノンは,一風変わった「不死者」であり,彼女に出会う人々は,限りある生を生きる一般人です。「永遠」と「刹那」との出会いと別れが,本シリーズの主題のひとつであるといえましょう。
 しかし本編において登場するのは,これまでの「外側」の人々ではなく,エマノンと血のつながりを持った「兄」です。その兄である荏口拓麻の「自分はいったい何者なのか?」という自問は,そのまま本編における中心的な「謎」−一世代ひとりのはずの「エマノン」に,なぜ双子の兄がいるのか?−として,ストーリィを引っぱる牽引力となっています。
 作者は,彼の「自分自身を捜す旅程」を,彼の特異能力を上手にストーリィ展開に活かしつつ,なおかつ叙情派SFの書き手としての力量を十二分に発揮しながら描いていきます。まさに,この作者の自家薬籠中のものといえましょう。その叙情性は,主人公が,自分の育った孤児院を訪ね,その園長−彼女自身もみずからの出生を知らない孤児として育った園長に面会するシーンに,とくによく現れています。

 拓麻は,エマノンとつかの間出会い,そして別れます。これまでであれば,ここで短編として終息するわけですが,拓麻がエマノンの兄であるがゆえに,彼はふたたびエマノンに出会います。「なぜエマノンに兄がいたのか?」という「謎」は,終盤にいたって,本編を冒険活劇として新たな展開へと導いていきます。その舞台を九重連山に選んでいるのは,『OKAGE』でクライマクスを阿蘇山中に設定したのと同様,九州在住のこの作者らしいところですね(「九重」は「ここのえ」じゃありません,「くじゅう」です>九州以外の方(笑))。その展開は,お約束的な部分もありますが(絶体絶命の危機を突破するところ,とか),スピード感があり楽しめました。
 この作者の真骨頂が味わえるのは,むしろ「その後」でありましょう。エマノンに対する拓麻の怨み,みずからの「使命」を見出し,エマノンを助ける拓麻,特異能力の爆発的発現・・・悲劇的なエンディングへとたどりがちな物語ではありますが,作者は,そのような「ありがち」な結末を回避します。冒頭で「自分とは何か?」という拓麻の問いとともに提示された,もうひとつの彼の「問い」−孤児院に入る前に自分が握っていた手の温もり−の「答」をエンディングで描くことによって,穏やかで,ハートウォームな幕引きを用意しています。
 冒険活劇な展開を挿入しながらも,このようなラストを設定するところに,エマノン・シリーズの魅力が隠されているのではないかと思います。

01/11/04読了

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