ドン・ウィンズロウ『歓喜の島』角川文庫 1999年

 1958年,CIAを辞めたウォルター・ウィザーズは,愛する女性アンとともに,愛する街ニューヨークに戻る。しかし,ケニーリー上院議員夫妻のボディ・ガードを頼まれたときから,幸せな日々は,その歯車を少しずつ狂わせていく。そしてその歯車は,彼が捨てたはずの“闇”に,彼をもう一度引き戻すことになり・・・

 この作者の作品に出てくる主人公には,ひとつのパターンがあるように思います。それは「二面性」とでも言えましょうか(「多重人格」じゃ,もちろんありませんよ(笑))。ニール・ケアリーは,その任務が「潜入工作」ですので,常に「表の顔」と「裏の顔」を持たざるをえません(それにともなう彼の苦悩と成長が,シリーズの魅力のひとつになっています)。『ボビーZの気怠く優雅な人生』の主人公ティム・カーニーは,ボビーZの身代わりとなることで,彼の怨みをも買うことになってしまいます。
 そして本編の主人公ウォルト・ウィザーズもまた,元CIAのエージェントであり,新しい勤め先である民間調査機関フォーブズ・アンド・フォーブズや,恋人アンには,その過去を隠しています。彼は,そんな「裏の顔」―“偉大なる北欧のポン引き”“必殺人材調達人”―を捨て,ニューヨークに戻るわけですが,否応なくふたたび「ダークサイド」に巻き込まれていきます。
 そのきっかけとなったのが,ジョー&マデリーン・ケニーリー上院議員夫妻と女優マルタ・マールンドとの出逢いです(ジョー・ケーニリーはジョン・F・ケネディ,マルタ・マールンドはマリリン・モンローがモデルでしょう。JFKとモンローとの間には,実際,いろいろあったという噂ですし・・・)。ウォルトは彼らのボディガードを依頼されてから,しだいにジョーをめぐるスキャンダル,殺人事件,さらにCIAとFBIとの権力抗争に巻き込まれていきます。
 ただ正直なところ,途中まではやや退屈な感じがしないでもありません。なんといったらいいのでしょうか・・・物語の「方向性」というか「本筋」みたいのがなかなか見えないのは,少々(?)せっかちなわたしとしては,ちょっと辛いものがあります^^;; 同様に,作者はおそらく「1958年のニューヨーク」の雰囲気を盛り上げるためでしょう,ブロードウェイや,アメリカン・フットボールの試合の風景の描写に,かなりのページを割いています。もしかすると,アメリカ人にとって,これらの風景は,一種のノスタルジィとして感じられるのかもしれませんが,共通のバックボーンを持っていないので,いまひとつピンと来ません(とくにアメ・フトのシーンは,ルールさえ知らないので,わけがわかりませんでした(^^ゞ)。
 ニール・シリーズや『ボビーZ』が持っていた軽快感・スピード感がいまひとつ弱いようにも感じられました(もしかすると作者は,意図的に,それまでのスタイルを変えようとしているのかもしれませんが)。
 それでもやはり,クライマックスで二転三転する展開や緊迫感はさすがにうまいですね。二重三重に襲いかかる追っ手,そして絶体絶命のピンチ――多少都合のいい部分があるとはいえ,前半の描写を的確に生かして,あの手この手で切り抜けていくところは小気味よくアップテンポに展開していきます。そしてなんといってもいいのが,マイケル・ハワードをめぐる顛末ですね。この作者,ビルドゥング・ロマン的なテイストが好きなようです^^;;

 ところで,このウォルト,ニール・シリーズの第4作でも顔を出しているとのこと。早く,訳が出ないかなぁ・・・(°°)

99/10/04読了

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