ドン・ウィンズロウ『ボビーZの気怠く優雅な人生』角川文庫 1999年

 落ちこぼれのちんぴら終身囚ティム・カーニーは,麻薬捜査官グルーザとの“取引”で,伝説のサーファーにして麻薬の密輸商人“ボビーZ”として,メキシコの麻薬王ドン・ウェルテーロの元に赴く。だがそこには罠があった! ティムに降りかかる災難の連続。おまけに傍らには彼を父と信じる少年キット。暗黒街のほとんどを敵に回した彼らは逃げ延びることができるのか?

 なんとも痛快な作品です。
 主人公ティムは,彼自身の言葉を借りれば「世界の半分を敵に回す」羽目に陥ります。彼を“ボビーZ”として執拗に狙うメキシコの麻薬王ドン・ウェルテーロ,悪徳警官グルーザの口車に乗せられ,弟の仇として襲いかかるメキシカン・マフィアのボスルイス・エスコバール。刑務所内で「正当防衛」でティムが殺してしまった男の復讐を企てる“ヘルス・エンジェル”。さらにボビーZの腹心の部下でありながら裏切った“僧侶(ザ・モンク)”もまた彼の口を封じようとします。
 つまり“ボビーZ”としても,ティムとしても,どちらにしても彼の周囲は敵だらけ,つぎからつぎへと彼を襲撃してきます。ティムが,ときに機転をきかし,ときに偶然に助けられながらも,それらの危機を紙一重でかいくぐって行くところは,もう,ハリウッドのアクション映画を見るような,ハラハラドキドキものです。そう,まさに映画のようなスピード感,たてつづけに盛り込まれる山場の数々,ジェット・コースタ的な展開で,一気にラストまでぐいぐいと読ませてしまいます。
 そして「これでもか!」というくらいに,主人公を絶体絶命の窮地に追い込み,「さてどうなる?」とサスペンスを盛り上げておいての,鮮やかなツイストを効かせたエンディングは見事です。途中にはさまれた意味ありげな回想シーンが,このラストのための伏線になっているところがいいですね。

 もうひとつ,この作品をおもしろくしているのが6歳の少年キットの存在です。ボビーZに扮したティムを父親と信じ,どこまでもついていこうとする彼の姿は,健気でありつつも,子どもなりのしたたかとたくましさを持っています。
 また,このキットがいることによって,ティムは,数々の危難を乗り越えることができます。「中途半端」で,「落ちこぼれ」で,「国際級のへなちょこ野郎」であるティムは,終始一貫「父親」として振る舞いますし,キットを守るために「火事場の馬鹿力」を発揮します。とくに,息子でもない彼を救い出すために死地へと歩を進めるティムの姿は,(ここらへんもいかにもアメリカ映画的であるとはいえ)なかなか「ジン」とさせるものがあります。

 テンポのよい展開,親子の愛情,情けない男の成長物語,不実な美女・・・類型的と断じてしまうことも可能ではありますが,けっこう陰惨なネタ―麻薬・人身売買・リンチ殺人などなど―を扱いながらも,ユーモアたっぷりの文体で描き出される本作品は,一編の良質なファンタジィなのではないでしょうか?

98/06/21読了

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