藤沢周平『隠し剣秋風抄』文春文庫 1984年

 『隠し剣孤影抄』に続く,「剣客」と「秘剣」をメイン・モチーフにした連作短編の第2作です。

 前作と同様,さまざまな「秘剣」が登場しますが,本集の各作品は,「秘剣」とともに,その使い手のユニークな個性を際だたせているように思います。しかしその個性はユニークとはいえ,けして常に明るいものとは限りません。むしろ「哀しい個性」とでも呼べるようなものです。

 「酒乱剣石割り」甚六は,酒を飲むと記憶がなくなり暴力を振るう酒乱ですし,また「女難剣雷切り」康之助は醜男,「好色剣流水」佐十郎は,本人はさほど自覚はないようですが,タイトル通りの好色です。さらに「陽狂剣かげろう」は,婚約者との仲を無理矢理裂かれた男が,狂人を装いながら,しだいしだいに狂気に蝕まれていく様を描いています。そんな「哀しい個性」が,主人公たちを窮地に陥れ,ついには「秘剣」を抜かざるを得ない状況へと追いやっていきます。それゆえ,彼らは秘剣の使い手である名剣士でありながら,その姿は哀愁を帯び,ときに悽愴であったりします。
 そんなさまざまなキャラクタを描いている中,「偏屈剣蟇ノ下」は,その個性と,「秘剣」とのマッチングが卓抜な作品です。主人公馬飼庄蔵は,人が右と言えば必ず左と答える偏屈男ですが,彼はその性格を利用され,藩の政争の中で,刺客に仕立て上げられます。その結果,悲惨な運命が待ち受けるのですが,彼は持ち前の「偏屈」でもって,それに抵抗します。藩士にとって「天の声」とも言える「上意」に逆らってまで「偏屈」を貫き通す彼の姿は,悽愴さを超えて,一種の清々しささえも感じられます。その際に使う秘剣蟇ノ下の奇抜さも,庄蔵の偏屈さによくフィットしています。
 また「盲目剣谺返し」新之丞は,藩主の毒味役だったため盲目となります。盲者であるゆえに,妻加世の不倫を感知した彼は,その不倫の背後に隠れた「邪心」の存在に気づきます。盲目の身での果たし合いのシーンは,じつに緊迫感があふれるとともに,その後日談とも言うべきハートウォーミングな幕引きは,その緊迫感と鮮やかなコントラストをなしていて,溜め息を誘います。

 さて本作品集には,そういった特異なキャラクタをメインとした作品群に混じって,1編,プロットを重視したサスペンスフルな作品―「暗黒剣千鳥」―が収録されています。3年前,名家老と謳われながら,すでに引退した老武士より依頼された若き剣士たちが,藩の「奸臣」を斬殺します。そのときの刺客たちが,ひとり,またひとりと殺されていきます。いずれも腕に覚えのある男たちを,一刀のもとに切り捨てる剣客の正体は? という内容です。主人公三崎修助の縁談話の進展と絡めながら,緊張感に満ちたストーリィ展開となっています。またラストで,剣客の正体が明かされるとともに,若い修助に,どろどろとした「大人の世界」「政治の世界」に直面させるところは,じつに秀逸な,余韻を持たせたエンディングだと思います。本作品集で一番楽しめました。

00/11/21読了

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