船戸与一『かくも短き眠り』角川文庫 2000年

 「わたしたちは生まれ落ちたときからすでに壊れていたと言ってもいい。それが壁の崩壊によってはっきりしたというだけのことだ・・・・ある意味では二○世紀に生を受けた連中はだれかれもですよ。あらかじめ壊れて生まれてきたんだ,わたしたちほどじゃないにしてもね。そう言う人間の何を再生しようと言うんです? 最初から壊れているのに,立て直したからって,どうにかなるものじゃないでしょう?」(本書より)

 ルーマニア革命から5年。かつて西側工作員として革命の裏側に関わった“わたし”は,法律会社の調査員として,相続人捜しのため,ふたたびその地を踏むことになる。しかし“わたし”の前に,5年前から姿を消しているかつての上官と,4年前に謎の失踪を遂げた恋人が姿を現した。彼らの真意は那辺にあるのか? そして目当ての相続人が,チャウシェスク派残党であることが判明するとともに,“わたし”はルーマニアの暗部へと飲み込まれていく・・・

 この作者の描く物語の基本モチーフは「対立」です。とくに国家や多国籍企業といった巨大権力と,マイノリティやアウト・サイダたちとの対立と闘いを軸としながら,そこから生み出されるさまざまな人間の愛憎や欲望,狂気を描いています。そしてそれらの対立の背後にはつねにアメリカとソ連との対立が見え隠れし,ときにその対立と闘いは,米ソ冷戦の代理戦争的な色合いを帯びています。
 しかしベルリンの壁の崩壊,一連の東欧革命,ソ連の崩壊,東西ドイツの統一など,「アメリカの一人勝ち」で冷戦が幕を閉じると,この作者に限らず,多くの冒険小説が好んで取り上げてきた「舞台」は大きく変貌します。それはまた,全世界を覆っていた対立の裏側で闘っていた男たちもまた「退場」を余儀なくされることを意味しています。
 この物語は,そんな男たちの「戦後」を描いています。

 主人公の“わたし”は,西側の傭兵として世界各地を転戦していましたが,今はドイツの法律事務所の調査員として,相続人捜しを生業としています。かつて革命の舞台裏に関わったルーマニアを訪れた“わたし”の前に,傭兵時代の上官ビッグフォードと,4年前,理由も告げずに姿を消した恋人クラウディアの影がちらつきます。さらに目当ての相続人は,チャウシェスク時代の秘密警察の残党であることが明らかにされます。
 「ビッグフォードたちは何を企んでいるのか?」「相続人はどこにいるのか?」――この,主人公に投げかけられたふたつの謎が,ストーリィをぐいぐいと引っぱっていきます。また,主人公たちが訪れる先でつぎつぎと起こる殺人事件が,物語をミステリアスなものにしています。
 “わたし”は,相続人を捜すとともに,ビッグフォードを追います。「自分を創り上げた」人物であるビッグフォードを追う主人公の姿は,失われた父親を捜す姿にも似ています。それはまた,冷戦終結によって失われた自分自身の「源流」に再会することで,アイデンティティ回復を求める旅とも言えます。
 しかし主人公がたどり着いた“結末”は,あまりに無惨なものです。それは冷戦時代がもたらした狂気と,その狂気を利用して,みずからの狂気を肥大化させる「戦後の男たち」の姿です。その有り様を眼にして,主人公は言い放ちます。それが冒頭に引用したセリフです。

―――20世紀に生まれた人間はだれもかれもすべて壊れている

 この作中人物のセリフは,同時に,世界各地の民族紛争,対立を,その冷徹な視点で描いてきた作者自身がたどり着いた「結論」なのかもしれません。それゆえ,この作者の作品のエンディングには,壮大なカタストロフとペシミズムが漂うのが定番ではありますが,この作品の描き出す虚無感は,それらよりもはるかに深いものと言えるでしょう。

 この作品が,陽気でアグレッシヴ,ハードなファンタジィとも呼べる『蟹喰い猿フーガ』と同じ年に発表されたことを知ると,なにやら複雑な気持ちにさせられます。

00/06/25読了

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