エドワード・D・ホック『怪盗ニックを盗め』ハヤカワ文庫 2003年

 『怪盗ニック登場』に続く第2短編集。12編を収録しています。『登場』と同様,元はハヤカワ・ポケット・ミステリの日本オリジナル編集です。本シリーズの魅力についての「総論」的なことは,『登場』の感想文をご覧ください。
 気に入った作品についてコメントします。

「プールの水を盗め」
 1万9000ガロンものプールの水を盗むよう依頼されたニックは…
 途方もない依頼と,どこかコミカルな盗みのシーンに比べ,ビターなエンディング。依頼の奇想天外さと,「週末まで」という時間設定を上手に用いて,盗む理由の妥当性を保証しているところが巧いですね。
「聖なる音楽」
 土曜の演奏会までに,教会の巨大なオルガンを盗んで欲しいと依頼され…
 盗みそのものよりも,依頼者側の「真意」を,ニックがどのように読み解いていくか,というホワイダニットの色合いの強い作品です。後半のテンポのよい,二転三転のツイストが楽しめます。
「ワシ像の謎」
 有名な判事が残したワシ像に隠された秘密とは…
 物語のメインは,盗みそのものよりも,盗んだあとの展開にあるのでしょう。一種の「暗号ミステリ」的なテイストの作品です。エドガー・アラン・ポーを上手に用いていますね。
「謎のバミューダ・ペニー」
 盗む対象の1セント銅貨を持った男が,走る車中から姿を消し…
 アメリカの有名な都市伝説「消えるヒッチハイカー」の謎に挑んだ異色作です。トリックそのものは,見当がつくシンプルなものではありますが,そこにもうひとひねり加えているのが,この作者らしいところです。
「ヴェニスの窓」
 “平行世界”に通じるという鏡を盗みに,ニックはヴェニスに飛ぶ…
 オープニングの怪奇趣味,密室殺人という不可能犯罪,謎解きにおける鮮やかな伏線の回収などなど,まさに本格ミステリ的テイストを満喫できる作品です。本集中,一番楽しめました。
「海軍提督の雪」
 ニックは,雪を盗むため,海軍提督に近づくが…
 「雪の盗み」と「“首”の収集」というふたつのネタを「接ぎ木」した観もありますが,ニックが「手段」として用いた「“首”の収集」が,じつは…というところに,本編の眼目があるのかもしれません。
「何も盗むな!」
 ニックへの依頼…それは「何も盗むな!」だった…
 「怪盗ニック」というシリーズを逆手に取った作品ですね。「盗まない理由」は,途中でわかってしまいますが,「それに2万ドル払う理由」が明らかにされるラストの痛快感がいいですね。

03/11/09読了

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