志村有弘編『怪奇・伝奇時代小説選集5』春陽文庫 2000年

 テンポよく新刊が出ているところを見ると,このシリーズ,けっこう人気があるようですね。今回は10編を収録しています。気に入った作品についてコメントします。

島本春雄「妖呪盲目雛」
 小塚原の獄門台にさらされた祈祷女・死棺女の首は,呪いの言葉を吐いたと噂され…
 おどろおどろしいオープニング,疑心暗鬼にとらわれた関係者につぎつぎと起こる怪事…いかにも怪奇小説風の展開の果てに迎えるツイストが,じつに小気味よいです。
潮山長三「不動殺生変」
 山法師が,絵師・大鳳金道に依頼したのは,奇怪な不動明王図であった…
 グロテスクでエロチックな不動明王図の描写,しだいに明らかにされる依頼人と絵師との奇妙な因縁…この作品も怪奇趣味に満ち満ちた作品ながら,ラストでの意外な着地が楽しめます。上の「妖呪…」もそうですが,もう少し伏線を引くとかすれば,立派な(?)ミステリになるのでは,などと勝手なことを思っております。
宮野叢子「大蛇物語」
 昔,昔,昔のこと,三折峠に,それは恐ろしい大蛇が住まい,里の人々は生きながら地獄へ落ちまいらたのじゃ…
 「三輪山の蛇神」神話を思わせる設定,かと思うと,琵琶を奏でる法師が出てくるところは,どこか中世の説話的世界,さらに語り手の言葉の中に「切支丹」などの言葉が出てくるのは近世か・・・時空を超えた,いやさあらゆる時空が混在した不可思議な世界を,擬古文調とも民話語りともつかぬ文体で描いています。読んでいて眩暈感を感じさせる玄妙な作品です。ところでこの作家さん,『鯉沼家の惨劇』の作者と同一人物なのでしょうか?
江見水蔭「悪因縁の怨」
 羽田へ物見遊山に来た若殿は,美しい女船頭に惚れるが…
 不思議なテイストの1編です。モチーフは悲劇なのですが,どこか淡々とした,それでいて軽妙な語り口が,悲劇とは思えぬ軽快感を作品に与えています。
国枝史郎「北斎と幽霊」
 老中に面罵された狩野融川は,その屈辱のため腹を切る。その死に立ち会った北斎は…
 狩野融川・葛飾北斎・阿部豊後守の三者をめぐる因縁と,その奇怪な結末…一種の「芸術家綺譚」とでも言いましょうか。おどろおどろしいネタながら,御用絵師の融川と,貧乏絵描き・北斎とのコントラストと,両者に通じる“芸術家気質”には,心地よいものがあります。
土師清二「きつね」
 “狐”をめぐる綺譚掌編3編―「右の目と左の目」「殺された女狐」「湯屋の破れ障子」―を収録してます。いずれも,民話とも伝説ともつかぬ手触りの作品です。展開の巧みな「右の目と左の目」が,わたしとしてはお気に入りです。ところで,以前,掲示板で「狐は鼠の天麩羅が好き」という話題が出たことがありましたが,「殺された・・・」は,女狐が「鼠の天麩羅」に釣られて人間に捕まってしまうというお話なのです。どういういわれなのか気になりますね。

00/04/18読了

go back to "Novel's Room"