志村有弘編『怪奇・伝奇時代小説選集2』春陽文庫 1999年

 タイトル通りの作品11編を収録したアンソロジィです。ずらりと並んだ10人の作家さん(ひとりだけ2編おさめられています)を見ると,知っている名前は,国枝史郎岡本綺堂のふたりだけ。時代小説については,いまだ「青葉マーク」とはいえ,これだけ知らない作家さんがたくさんいると,「やはり,時代小説は奥が深いな」などと感じ入ってしまいます(笑)。
 当然「1」もあるのでしょうが,そちらは未読です。
 気に入った作品についてコメントします。

鈴木泉三郎「伊右衛門夫婦」
 お琴と結婚した伊右衛門。しかしふたりの間には先妻・お岩の影が消えず…
 キャラクタ設定はまったく異なりますが,京極夏彦『嗤う伊右衛門』を彷彿させる,人間ドラマとしての「四谷怪談」です(もちろん,初出はこちらの方がはるかに早いですが)。最後に作者によって明かされる“真相”が,果たして本当のことなのか,それとも作者の創作なのかわかりませんが,「こんなことがあっても,おもしろいな」と思わせるエンディングです。
国枝史郎「隠亡堀」
 隠亡堀で釣り糸を垂らす伊右衛門。そこに戸板が流れてきて…
 本アンソロジィには4編の「四谷怪談ネタ」が収録されていますが,この作品で描かれる田宮伊右衛門の造形は,まさに悪逆非道の極北といった感があります。なにしろ,この作品での伊右衛門を前にして,お岩小平もすごすごと「成仏」してしまうといった具合で,なんとも形無しです。伊右衛門のべらんめえ調の悪態も,独特のリズム感があって,痛快感があります。
大栗丹後「大奥やもり奇談」
 徳川家光の子・徳松を産み,郷里の善報寺にお参りに来たお玉。彼女はそこで旧知の歌人と再会し…
 関ヶ原の戦いで敗北した石田三成の遺児たちが徳川家に復讐を仕掛けるという,「これぞ時代伝奇!」と言いたくなるテイストの作品です。事実と虚構とのブレンド具合が秀逸で,とくに最後の落とし所がなんとも巧いです。また時代の流れの中で哀れな余生を送る歌人木下勝俊と,三成の遺児たち,三世代の女たちの怨念とのコントラストがじつに鮮やかで,いいですね。
和巻耿介「髑髏屋敷」
 坂田弥十郎が恋人と逢いに訪れた渋谷ヶ丘で,彼は花嫁衣装に包まれた白骨死体を発見する…
 「白骨の花嫁」という魅力的な導入部から,テンポのよい展開,連続美女誘拐事件と「提馬風(だいばふう)」なる盗賊の跳梁といったけれん味たっぷりの小道具,そして意外な真相。時代小説という体裁ながら,すぐれてミステリ的な雰囲気が横溢する作品です。このアンソロジィで一番楽しめました。
杉江唐一「啜り泣き変化」
 女の首なし死体が発見された。そして別のところで見つかった頭部は,脳味噌がこそげ取られており…
 編者が解説で述べているように,まさしく「猟奇小説」といったラベルがぴったりの,ドロドログチャグチャ,血まみれで,おまけにエロチックなテイストもふんだんに盛り込んだ作品です。「サイコ・キラーもの」というと,いかにも現代的ではありますが,こういった伏流とも呼ぶべき「伝統」は,エンタテインメント小説界に脈々と流れているのかもしれません。
岡本綺堂「一本足の女」
 里見家の家臣・大滝庄兵衛は,一本足の女乞食を拾ったことから…
 いわば「魔性の女もの」です。淡々とした,押さえ気味の語り口であるがゆえに,その「魔性」がくっきりと浮かび上がってきているように思います。辻斬りに堕した庄兵衛の刀に残った血を舐める美女というのは,怖い一方で,どこかゾクゾクするようなエロチシズムに満ちてますね。

99/12/17読了

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