シオドア・スタージョン『輝く断片』河出書房新社 2005年

 この作者としては『不思議のひと触れ』に続く,「奇想コレクション」の1冊です。8編が収録されています。

「取り替え子」
 3万ドルの遺産のため,今すぐに子どもがほしい若夫婦の前に現れたのは…
 ある理由により,完全に「ヲヤジ化」してしまっている(笑)取り替え子・ブッチと主人公との軽妙なやりとりが楽しい作品。「果たして主人公たちの下心はうまくいくのか?」という読者の思惑を,意外な,ひねりの効いた展開の末に落着させるところが,じつに巧いです。
「ミドリザルとの情事」
 公園でちんぴらたちに襲われ,傷ついた若者を救った夫婦は…
 もしかすると「理解」とは,あらかじめ自分のうちにある「枠組み」に,対象をむりやり押し込めることなのかもしれません。「ミドリザル」として「理解」された若者が,本当の意味での「ミドリザル」である可能性を暗示する結末は,奇妙で不気味な感じが漂っています。
「旅する巌」
 素晴らしい短編小説を書いた新人は,実際に逢ってみると,きわめて粗暴な男で…
 「作品と作者とのギャップ」という,おそらく作家さんにとってはなじみ深いモチーフから,「究極兵器」へとつながっていく発想(あるいは,その兵器そのものの着想)はおもしろいのですが,その「つなげ方」が,ちょっと不自然な感じが残ってしまいます。
「君微笑めば」
 かつての学友ヘンリーに,“おれ”は,自分だけが知っていることを話すことにした…
 オチはSFなのですが,その「SF」が指し示す主人公のある「特質」に,読者が共感できるのは,前半に,じつにくだくだしく垂れ流される主人公の「話」−高慢で不遜,ペダントリックでいて,じつは中身のない−によるものなのでしょう。
「ニュースの時間です」
 ニュースに異常に執着する男が,ある日突然,失踪し…
 情報網の発達は,おそらく人間にとって「世界」との距離の取り方を難しくさせていくのかもしれません。本編の主人公の「距離の取り方」の揺れ動き−振り子の動きのような左端から右端への大きな揺れ動きは,現代において,ひどく暗示的に思えます。
「マエストロを殺せ」
 ついに“おれ”はラッチを殺した! 殺しても殺しても甦ってくるラッチを!
 スタージョン版『アマデウス』といったところでしょうか? バンド・リーダーラッチに対する嫉妬と憎悪をつのらせ,ラッチ殺害後も,その「甦り」により狂気へと暴走していく主人公の姿が,鬼気迫る筆致で描き出されています。またリフレインのように出てくる「ラッチだったらどうするか?」というセリフから導き出される皮肉な結末−ラッチから逃げ出すことのできない主人公−も,この無惨な物語のエンディングとして,じつにフィットしています。
「ルウェインの犯罪」
 「なにひとつ悪いことができないいい人」と言われた男は,ある決意をする…
 犯罪を企みながら,なにやかやと事前に失敗してしまうというのは,ユーモア・ミステリでときおり見かけるパターンですが,この作品は,ベースとしてはそれに近いながら,むしろ哀愁の方が際だつ内容となっています。最後の最後まで,という徹底ぶりが,そのことを強調していますね。
「輝く断片」
 路上で瀕死の女を拾った男は,彼女を治そうとするが…
 不器用な手が,積み木をひとつひとつ載せていく,大きなものを下に,それより少しだけ小さなものを上に…しかし,積み木の塔が高くなるにつれ,しだいしだいに不安定になっていく…けれども積む手は止まらない…塔が崩れ落ちるまで,ただただ積み上げていく……主人公の行為とはそういったものだったのかもしれません。しかし,それが,みずからが「用なし」でないことを確認するための作業であることを思うとき,わたしたちの日々の生活と,さほど大きな懸隔はないのかもしれません。

06/01/03読了

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