坂東眞砂子『屍の聲(かばねのこえ)』集英社文庫 1999年

 「「すみません」は魔法の言葉だ。厄介事から解放してくれるが,その魔法を使うたびに,言葉を使った者の体は縮む。それが孝之が発見した,法則だった。」(本書「雪蒲団」より)

 6編よりなる短編集です。アンソロジィで短編は読んだことはありますが,この作者の短編集を読むのははじめてです。この作者は,「土俗ホラー」という売り文句で世に出た作家さんですが,この作品集は,「ホラー」的な素材を用いながらも,むしろ「土俗」の方にウェイトを置いているように思います。

「屍の聲(かばねのこえ)」
 惚けた祖母は,なにかというと孫の布由子の名を呼ぶ。しかし祖母の呼ぶ布由子は,いまの彼女ではなく…
 惚けた祖母に対する少女の複雑な想いを描いた末のラストは,暗く,そして深い悲しみに彩られています。少女の心の揺れ動きの描写の巧みさに,この作者の卓越した筆力を感じます。この作品において「怪異」はメインではなく,少女の哀しみを具現する契機であり,触媒なのでしょう。本作品集で一番楽しめました。
「猿祈願」
 不倫相手と,妊娠を機に結婚することになった里美は,婚約者とともに彼の故郷を訪れ…
 主人公の,婚約者の母親に対する屈折した想いと,「のぼり猿」という土俗的な信仰を巧みに絡み合わせながら,ねっとりとしたホラーに仕上げています。ラストがちょっとバタバタする感じがしますが・・・
「残り火」
 娘との沖縄旅行を夫に反対された房江。夫の入る風呂を沸かしながら,彼女の心は過去へと飛ぶ…
 この作品もまた「怪異」を素材として用いながらも,やはり,主人公の苦い記憶が生み出す重苦しさを中心に描き出しており,サイコ・サスペンスに近いテイストを持っています。そこにはまた,いまだ日本の「家」に色濃くに残る「闇」をも重ね合わされています。
「盛夏の毒」
 山中で睦み合った直後,妻が蝮に咬まれ…
 なにもかもが溶け出しそうな暑さ,むせ返るような草いきれ,交じり合う男女の汗と吐息,男の心に芽生えた疑惑と殺意・・・こちらはストレートなサイコ・サスペンスです。描写の巧さでしょうか,粘り着くような暑さの中で悶々とする主人公の気持ちが伝わってきます。
「雪蒲団」
 父親の死後,母親の実家・新潟に引っ越してきた孝之は,人の肝を喰らうと噂される“殺生人”の繁と出会い…
 主人公の少年はいったいなにを見たのか? 「描かない」ことよって,少年のショッキングな行動を鮮烈にするとともに,鬱屈した心をも描き出しています。
「正月女」
 アンソロジィ『かなわぬ想い』所収作品。感想はこちら

99/09/24読了

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