山口雅也『続・日本殺人事件』角川文庫 2000年

 日本について中途半端な知識を持っているSamuel Xが書いた奇妙なミステリ“Japan Murder Case”。作家山口雅也がそれを『日本殺人事件』として翻訳したところ,なんと日本推理作家協会賞を受賞してしまった。「続編を」の声に,山口雅也は原著者を説得,なんとか2本の短編を入手することができ・・・

 ・・・という「覚書き」がじつに楽しい,「見知らぬ日本」を舞台にした連作短編集の第2弾です。「巨人の国のガリヴァー」「実在の船」の2編を収録しています。

 「巨人の国のガリヴァー」は,私立探偵の看板を掲げた主人公トーキョー・サムの元に,相撲取りから依頼がもたらされます。土俵上で相手を死なせてしまったジシンリキ関は,ある夜,その死んだ相手の死霊を目撃したという,その真相を探りはじめるが,なんと力士連続殺人事件に巻き込まれ・・・というストーリィ。
 このシリーズの作品は,「見知らぬ日本」を作り出すことで,「日本」をパロディとして描き出すという性格を持っていますが,本編では,日本の伝統芸能「相撲」を素材としています。「大相撲」のほかに「地方相撲」という架空の「業界」を作りだし,さらに「神事相撲」「見世物相撲」というフィクションを描くことで,現実の相撲の持つ二面性を巧みに浮き彫りにしています。しかし本編では,それが単なるパロディ(というのも失礼な言いぐさですが)で終わりません。というか,パロディが目的ではありません。そのパロディ的設定こそが,作中で起こる事件の重要なキーになっており,「力士の死霊」「鳥居から吊される力士の死体」という奇怪な事件の理由となっています。「奇妙な事件」「奇妙な動機」を作り出すために生み出された「奇妙な世界」が,この作品(いや,山口作品)の基本的なスタイルと言えますが,本作品ではその性格がもっとも顕著に現れているのではないかと思います。
 一方,「実在の船」もまた,この連作の特徴を色濃く出ている作品だと思います。ストーリィは,トーキョー・サムが偶然知り合ったひとりの雲水。彼から『実在の船』という本を託されたサムは,その作者であるアメリカ人を救いに禅寺に赴くが・・・というもの。
 本シリーズは,冒頭にも書きましたように,アメリカ作品を山口雅也が翻訳する,という「フィクション内フィクション」として設定されています。本作品ではさらに『実在の船』というフィクションを挿入することで,より複雑な「入れ子構造」を構築していきます。そして,その『実在の船』に記された奇怪な禅問答を読み解いていくことで,つぎつぎと「フィクションとしての現実」の背後に,奥底に潜む「現実」を浮かび上がらせていきます。しかし,その作業は,「フィクション」の中にまた「フィクション」が隠れており,その「フィクション」の奥底にも新たな「フィクション」が顔を出すといった,さながら「ラッキョウの皮むき」のごとき様相を呈し,ついに,事件の「真相」は(本作品で言う)「空(くう)」の彼方へと解き放たれていきます。「フィクション内フィクション」として始まった本作品の特質を,そのまま押し進めると,まさにこういったエンディングこそがもっとも似合っているのかもしれません。

 「フィクション」を「フィクション」として自己完結させ,その内部で「フィクション」のルールに従って事件を解決させていく「ガリヴァー」と,「フィクション」であるという設定そのものを突き進め,最後にはその「フィクション」性を前面に押し出した「実在」とは,このシリーズの特性が持つふたつの「顔」を,それぞれの方向に肥大化,発展させたという点で,対になっているといえるかもしれません。

00/07/21読了

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