井上雅彦監修『トロピカル 異形コレクションXI』廣済堂文庫 1999年

 毎回,さまざまなテーマで編集される本シリーズではありますが,今回のテーマ「トロピカル」には,正直「やられた!」という感じですね。編者が「編集序文」でも書いていますように,「トロピカル」というのは,やはり人の想像力を駆り立てるなにものかがあるように思います。
 トロピカル―熱帯,南洋・・・これらはベクトルの異なるイメージが入り乱れる世界です。「楽園」という賛美と「未開」という蔑視,圧倒的なまでの自然の「過剰」とあっという間に起こる「腐敗」,無限とも思えるほど広がる海と孤絶した島々,甘い果実と得体の知れぬ毒,侵略者としての日本人と観光旅行客としての日本人・・・乱反射するイメージの中から,どのイメージをすくい取り,結びつけ,固定させるか,そこらへんが本アンソロジィの作家さんたちの力量の見せどころなのではないでしょうか?
 気に入った作品についてコメントします。

奥田哲也「みどりの叫び」
 祖父の思い出の地である南洋の孤島を訪れた“わたし”は,片腕のない黒人の老人に出逢い…
 かつての戦場,密林の中に響きわたるサキソフォンの音,ラストでのショッキングでグロテスクなシーン。二重三重に畳み込まれるように描き出されるイメージが鮮烈です。
倉阪鬼一郎「屍船」
 その“ラヴァーズ・ビーチ”と名づけられた海岸には,ひとつの恐ろしい伝説が囁かれていた…
 いまやこの作者,本シリーズの「看板作家」のひとりとなりましたね。極限まで肥大化した狂気の姿がじつにおぞましいです。ただラストが予想ついてしまったのが,ちと残念です。
北原尚彦「蜜月旅行」
 パーティで出逢った彼女に,心の底からまいってしまった“私”は,彼女とともに南洋の孤島に蜜月旅行で赴き…
 「トロピカル」という言葉が喚起するイメージのひとつに「官能」があります。そんな熱帯的エロチシズムとでもいうべき雰囲気が全編を覆っています。ある著名な古典的作品と結びつけたラストで浮かび上がる恐怖の姿が,そのエロチシズムとよくマッチしてます。
榛原朝人「夢を見た」
 旅人を主人公としたファンタジックな絵本です。こういった作品をおさめるところが,本シリーズに「異形コレクション」と命名した所以でもあるのでしょう。「情けは人のためならず」の原義のような内容。絵柄が好きです。
田中啓文「オヤジノウミ」
 2年前,海で遭難した家族。そのうち息子が奇跡的に生き延びていた。“毒島”と呼ばれる奇怪な孤島で…
 じつをいうと,こういった「気持ち悪い系」の作品は,けして好きではありません。しかしそれでいながら,ここまでグロテスクさを押し進めるのも,やはりひとつの才能ではあると感じます。食前食後,食事中に読むことはおすすめできません^^;;
辻和子「ココナツ」
 この作品も絵本です。版画を思わせるタッチがいいですね。ココナツの中の空洞には魔物が住む,というイメージは,一種の「うつぼ信仰」とでも言えましょう。
飯野文彦「椰子の実」
 狂ったように暑い夏の真昼。街を彷徨う“私”に,友人が椰子の実を手渡し…
 主人公も,友人も,街も,すべてがあいまいで輪郭がはっきりせず,暑さが見せた悪夢のような世界です。ただ“椰子の実”だけが現実の存在感を持っています。本集では一番楽しめました。
草上仁「スケルトン・フィッシュ」
 “わたし”はピュアでクリアーなものが好き。ジュンは“わたし”の部屋を『ガラスの部屋』と呼ぶ…
 わたしたちの視覚的イメージが,形だけでなく,色に多くの部分を負っていることが改めて気づかされる,奇想たっぷりの作品です。ピュアなものを愛する主人公の狂気もまた,ピュアであるがゆえに,より一層深いものなのかもしれません。
江坂遊「トロピカルストローハット」
 ランチタイムショーの舞台の片隅に置かれたストローハット。それをかぶった妻は…
 ラストで「おっと,そうだったな」と驚かされる,ツイストの効いたショートショートです。
菊地秀行「黒丸」
 かつて戦場だった南海の島に,新婚旅行で訪れた“私”たちは歓待を受け…
 “私”たちは何者だったのか? パラレル・ワールドなのか? 戦後の経済的勝利に対する皮肉なのか? この島は本当はどこにあるのか? さまざまな読み解きが可能でいながら,それでいて,しっかり不気味さだけは伝わってくるラストは凄いです。

98/07/07読了

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