細谷正充編『偉人八傑推理帖 名探偵時代小説』双葉文庫 2004年

 日本史上の有名人8人を探偵役としたミステリ短編集です。『名探偵群像』の日本版と言ったところでしょう。もっともこちらはアンソロジィですが。

井沢元彦「修道士の首」(探偵:織田信長)
 若き修道士が失跡してから,安土城下には“金毛天狗”なる怪人が跳梁しはじめ…
 トリックの「ノリ」が,なんだか「怪人二十面相」といった感じで(笑),ちょっとバレバレのところがあります。ただ,そのトリックに使われる小道具に,時代設定を巧みに取り込む着眼点がいいですね。
笹沢左保「惨死」(探偵:宮本武蔵)
 稀代の兵法家の無惨な死に,若き武蔵は疑念をおぼえ…
 この作家さんの小気味よい文体は,エロチック・ミステリより,このような作品の方が,やはりフィットしますね。行方不明になった馬庭念流の始祖の謎という歴史ミステリも併せ持った本編ですが,宮本武蔵の兵法家らしい推理と解決の仕方がおもしろいですね。
中村彰彦「第二の助太刀」(探偵:保科正之)
 襲撃された主君を救いに来た家臣は,なんと主君の助太刀を斬り殺してしまう…
 保科正之というと,どうしてもみなもと太郎『風雲児たち』での「子ダヌキ顔」を連想しちゃいます(笑) 物的証拠に基づきながら,武士だからこその心理プロセスを復元しながら推理を展開させていくところが興味深いです。まぁ「名君・保科正之物語」といった感じもしますが。
久生十蘭「萩寺の女」(探偵:平賀源内)
 雪の降った日,娘が連続して殺害された。だが周囲に犯人の足跡はなく…
 この作者独特の諧謔的な文体が,「口八丁手八丁」という平賀源内の一般的なイメージと,よくマッチしています。素材は,いわゆる「雪密室」。トリックの着想はおもしろいのですが,伏線がもう少しほしかったです。
都筑道夫「羅生門河岸」(探偵:為永春水)
 岡っ引きを殺めて安女郎屋に飛び込んだ男が,煙のごとく消え失せた…
 久しぶりにこの作家さんの時代ミステリを読んで,「破落窟(バラック)」とか「愚連隊(じまわり)」という特有の表現を見ると,うれしくなりますね。また,小粒ながらも散りばめられた謎や伏線を鮮やかに結びつけていく手腕は,さながら熟練した奇術師のテーブル・マジックを見ているような気分になります。
坂口安吾「愚妖」(探偵:勝海舟)
 山中でふたりの男が死んだ。ひとりは列車にひかれ,ひとりは牛の角に突かれ…
 勝海舟結城新十郎を探偵役としたシリーズ『明治開化 安吾捕物帖』の1編。う〜む…安吾の文体にもともと馴染めないところがある上に,このシリーズ,勝海舟の,まるで「見たきたような」推理が鼻について,鼻について(笑)
南原幹雄「総司が見た」(探偵:沖田総司)
 新選組局長・芹沢鴨が惨殺され,犯人は隊士ではないかと噂が立ち…
 芹沢鴨一派の粛正は,近藤勇らによるクーデタ(当然,沖田総司も参加)と言われていますが,本編では違う解釈をしています。それが,本編の眼目なのでしょう。としたら,そういった「通説」との対比をもっと前面に出した方がよかったのでは?(それとも最近はクーデタ説は弱いのかな?)
山田風太郎「巴里に雪のふるごとく」(探偵:川路利良)
 パリ訪れた川路利良は,日本の女芸人殺害事件に遭遇する…
 ヨーロッパが舞台ですが,「明治もの」の1編と考えて差しつかえないでしょう。川路利良,成島柳北,ゴーギャン,ヴェルレーヌといった実在の人物が登場する一方,ガボリオの創造になる世界初の名探偵ルコックが入り交じるなど,虚実取り混ぜた内容は,この作者らしいところです。ミステリとしてよりも,「明治維新」という大変革に翻弄された人々のさまざまな想いが浮かび上がってくる作品として楽しめます。

05/05/06読了

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