若竹七海『遺品』角川ホラー文庫 1999年

 若くして謎の入水自殺を遂げた女優にして作家の曾根繭子。元学芸員の“わたし”は,パトロンの大林一郎が残した,彼女に関する膨大なコレクションの整理と展示を依頼され,金沢のホテル銀鱗荘を訪れる。仕事は順調に進むが,異常とも思えるコレクションの内容に疑問を憶える“わたし”の周囲で,つぎつぎと不可解な事件が起こりはじめ・・・

 この作家さんのストーリィ・テリングの巧みさは,いまさら言うまでもありませんが,この作品でもその技量が遺憾なく発揮されているように思います。
 たとえば,主人公の“わたし”は,銀鱗荘ホテルの一室に残された木箱の山をひとつずつ開けていくわけですが,木箱から出てくる大林一郎のコレクションは,しだいに不気味な様相を呈しはじめます。作者は,それを「小出し」にすることで,曾根繭子と大林一郎との,女優とファンと単純に言うにはあまりに異常な関係を少しずつ少しずつ露わにしていきます。
 また“わたし”の周囲で起こる奇怪な出来事も,最初は“わたし”が伝聞するという形で描かれ―それも噂好きの従業員の口を通すことで,はじめは信憑性の薄い“噂”として描かれ,徐々に“わたし”自身がその怪異を経験するという風に展開していきます。一人称で語られる小説の場合,読者はどうしても語り手である主人公に感情移入しながら読み進めていきますので,このような展開は,読者の恐怖感を高める上で,常套的とはいえ効果的と言えます。

 さらに,これまた言うまでもなくこの作者のおもなフィールドはミステリです。この作品においても,一種の「幽霊屋敷」を素材としたストレートなホラー作品でありながらも,そこにはしっかりミステリ・テイストを盛り込んでいます。物語の序盤,「なんでこんなエピソードが?」という部分が挿入されるのですが,後半になってその「意味」が明らかにされ,それが物語全体の核心へとつながっていくところは,すぐれてミステリ的展開と言えましょう。
 同様に,続発する怪異に隠された真の意味はなんなのか? ホテルを彷徨う曾根繭子の霊の目的は? そして彼女の霊が“わたし”になに求めているか? それらの謎が強力な牽引力となって,ストーリィをぐいぐいと,スピーディに展開させていき,最後まで一気に読み通すことができました。
 1999年12月に刊行された角川ホラー文庫は,なかなかおもしろい作品が多かったですが,その中で,この作品が一番楽しめました(もっとも全部読んだ訳ではありませんが(^^ゞ)。

 ところでこの作者には『閉ざされた夏』という,博物館を舞台にした作品がありますが,本編の主人公も学芸員。この作者,もしかしてそういった職場で働いていたことがあるのでしょうか?

00/01/16読了

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