W・W・ジェイコブズほか『イギリス怪奇傑作集』福武文庫 1991年

 「ねえ,それが勘違いでない可能性はないかな?」(本書「スミー」より)

 8編を収録したアンソロジィです。

R・C・クック「園芸上手」
 園芸上手の老婦人は,どんなものにも根づけができて…
 ホラー作品における恐怖の発現の仕方には,いくつかのパターンがありますが,そのひとつに,スタート・ポイントは日常的なのですが,しだいにそれが肥大化し,エスカレートし,ついに「閾値」を越えてしまう,というものがあります。その典型である本編は,そこに老婆の心理と「肉体の老い」を絡ませながら,巧みに恐怖の発現を描き出しています。
ジェイムズ・ホッグ「黒い沼地のブラウニー」
 昔,レディ・フィールホープという邪悪な女がいた…
 おそらくレディ・フィールホープの召使メロダッハが,ブラウニー(スコットランド地方に伝わる妖精の名)だったかどうか,どうでもいいのでしょう。むしろ彼がブラウニーだと伝えられるほどの,レディとのむごたらしく,そして奇妙な「関係」こそが,この物語の眼目なのだと思います。ときとして憎悪は,愛よりも深く人と人とを結びつけるのかもしれません。
A・E・コッパード「ハンサムなレディ」
 素朴な田舎者ジョンの前に,ひとりの未亡人が現れたことから…
 「怪奇小説」というより「不思議な話」といったテイストの作品です。というより,その「不思議」そのものに眼目があるような,ないような,そんな感じで,いまひとつわかりません。
ラディヤード・キプリング「モロウビー・ジュークスの不思議な旅」
 インドの砂漠地帯で,奇妙な“クレーター”に落ち込んだ男は…
 戦前の日本で,「満州」や東南アジア,南洋を舞台にした「探偵小説」が多数書かれていたように,イギリスはインドを舞台にした怪奇小説が多いように思います。単なるエキゾチシズム,あるいは「支配者−被支配者」関係だけでは説明できない,屈折した心情が怪異を呼び込みやすいからなのかもしれません。
L・P・ハートリイ「毒瓶」
 田舎に住む知り合いの屋敷で休暇を過ごすことになったジミーは…
 妙に長いイントロダクション,高慢な口調の女性キャラクタ,その女性と主人公の(ストーリィとどう関係するのかいまひとつわからない)恋愛沙汰など…20世紀の作家さんではありますが,19世紀的な雰囲気をたたえた作品です。「無駄な描写が多い」などと思ってしまうのは,こちらの心に余裕がないからでしょうかね?
アンガス・ウィルソン「ラズベリージャム」
 村人たちが噂する老姉妹の家でジムが経験したこととは…
 人は珍奇なものに関心を持ちます。とくに子どもは,よりその傾向が強いようです。その「珍奇」が「狂気」へとシフトしてしまう恐怖,それを子どもの目を通じて描き出しています。ただエンタテインメントとして見ると,やや冗長な観が否めません。
A・M・バレイジ「スミー」
 ジャクソンが,かくれんぼうをしたくない理由は…
 イギリス版の「座敷童」ないしは「11人いる!」(萩尾望都)といったところでしょうか。ショッカーを期待する向きには,いささか物足りないでしょうが,描写のワンピース,ワンピースが,過不足なく配された端正な怪談話と言えましょう。
W・W・ジェイコブズ「人殺し」
 アンソロジィ『恐怖の探究 怪奇幻想の文学IV』(新人物往来社)に「無言の裁き」という邦題で収録。感想文はそちらに。翻訳としては,こちらの方がこなれている感じがします。

04/11/11読了

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