今野敏『イコン』講談社文庫 1998年

「『アリモリ・マニア』は,単なるネットの会議室じゃない。あれが,有森恵美そのものなんだ。だから,価値があるんだ。イベントもそうだ。・・・誰かが,サポート・バンドを作る。・・・アイドル・グループが生まれる。有森恵美ファンは,そのアイドル・グループをも応援する。そういった構造自体が有森恵美なんだ」(本書より)

 アイドル“有森恵美”のイベント会場で乱闘が発生,その最中,高校生がナイフで刺され死んだ。過失致死か? 殺人か? 被害者の友人たちに疑問を感じた刑事たちは彼らの過去を洗う。そして同じアイドルのイベント会場で殺人事件が発生! 事件の中心にいる“有森恵美”とはいったいなにものなのか? ネット上に生まれたアイドルという存在に,刑事たちの戸惑いは深まる・・・。

 以前読んだこの作者の作品『蓬莱』が,コンピュータ・ゲームをあつかった作品だったので,「今回はコンピュータ・ネットワークか」と勝手に思い込んでいたのですが,パソコン通信やアイドル・ファンといったサブ・カルチャアを素材としつつも,むしろ警察ミステリとしての性格が強い作品ですね。ですから,最初のあたり少々戸惑ってしまいました(^^ゞ。どうやら安積剛志警部補を主人公にしたシリーズものの1作のようです(そのせいか,前半,安積の描き方にちょっと違和感がありました^^;;)。

 物語は,さまざまなタイプの刑事たちが,少しずつ手がかりを集めつつ,次第に真相へ近づいていくという展開で,比較的淡々と進んでいきます。その間に,パソコン通信のあり様やら,アイドル・ファンと呼ばれる人々の生態などなどが,「刑事が知る」という形で語られていきます。『蓬莱』でもそうでしたが,そこらへんの語り口はなかなかわかりやすく,すんなりと頭の中に入ってきます。登場人物のひとり,イベント企画会社の三輪がとうとうと語る「日本戦後アイドル史(?)」なんかも,けっこう楽しく読めました。ただそのあたりをもう少し物語の“核”の部分に有機的に結びつける工夫が見られるとよかったのではないでしょうか? 結局“風俗”にとどまってしまっているように感じました(やばい! ネタばれかな?)
 それと全体的にストーリィ展開が単調な感じがしないでもなく,途中,もう少し山場がほしいところですね。第二の殺人がそれあたるのかもしれませんが,予想できる部分もあり,「ああ,やっぱり」といったところです。
 それでも,“有森恵美”の正体が,徐々に,しかし二転三転しながら明らかにされていき,一気にクライマックスへと雪崩れ込むところは,スピード感があっておもしろく読めました。

 それにしても,なんだか,かつて「ポスト・モダン」を標榜したシソーカやヒョーロンカが好んで取り上げそうな内容ですね。でもって,きっとそのときには,ロラン・バルトの次のセリフを引用するのでしょう。
「いかにもこの都市は中心をもっている。だが,その中心は空虚である」(『表象の帝国』より)

98/08/30読了

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