ミネット・ウォルターズ『氷の家』創元推理文庫 1999年

 ストリーチ・グレインジの氷室で死体が発見された。その死体は,10年前に行方不明になったデイヴィッド・メイベリーなのか? そして彼は,妻フィービによって殺されたのか? ストリーチ・グレインジの住人たちの,なにごとかを隠すかのような言動,周囲の住人たちの不穏な噂,錯綜する人間関係・・・それらの向こう側で,マクロクリン部長刑事が見出した真相とは?

 先日読んだ『女彫刻家』の前に発表された,この作者のデビュウ作で,「CWA最優秀新人賞受賞作品」です。

 物語は,ストリーチ・グレインジ(「グレインジ」というの「邸」という意味のようです)の氷室で死体が発見されたことから始まります。捜査を担当するジョージ・ウォルシュ主席警部は,10年前に失踪したデイヴィッド・メイベリーの死体ではないかと疑います。失踪事件も担当していた彼はまた,妻フィービがデイヴィッドを殺したと確信しており,ストリーチ・グレインジの住人たちに執拗な尋問を繰り返します。そのストリーチ・グレインジの住人たち―フィービ,アン・カトレル,ダイアナ・グッド,使用人のフレッド&モリー・フィリプス夫妻―は,警察に対して頑なな態度を崩さず,またなにかを隠しているかのようなミステリアスな言動をします。
 まず警察側の,頭からフィービを「殺人犯」と決めつける傲岸な態度に,なにやら怪しいものを感じます(笑)。しかしその一方で,ストリーチ・グレインジ側がまったくの潔白か,というと,こちらもまた腹に一物をもったような態度,やっぱりなにかしら後ろ暗いところがあるのではないかと思わせます。おまけに主人公のひとり,マクロクリンは,妻に家出されてしまったという,きわめて精神的に不安定な状況とくれば,ストーリィは,さながら綱渡りをするかのようなピリピリとした緊迫感,緊張感に包まれて進行していくというものです(ピリピリがイライラになってしまうところもありますが^^;;)。
 さらに物語の進展にともなって,事件の周囲に浮かび上がるさまざまな謎と,それらに振り回されながらの推理の迷走。マクロクリンとアン・カトレルのロマンスといっていいのかよくわからない関係などなど,警察vsストリーチ・グレインジという単純な構図だけでなく,四方八方に糸がのびる蜘蛛の巣のような様相を呈してきます。各キャラクタたちは,その蜘蛛の糸の上に乗りながら,片方が下がれば片方が上がる,といったような微妙で不安定な関係へと展開していきます。
 『女彫刻家』の感想文で,「刑事と犯罪者との双方向的な関係」ということを書きましたが,それに先行する本作品でも,すでに同じようなモチーフが姿を現しています。しかし本作品ではそれ以上に,メイン・キャラクタが多い分だけ,より複雑で,より不安定感が増しているように思います。しっかりと書き分けられたユニークなキャラクタ造形もまた,その人間関係の危うさを肉付けしていますし,謎や「裏の事情」が小出しにするストーリィ・テリングは,読者の注意を逸らさないように工夫されています。クライマックス直前で明らかにされる「裏事情」も,説得力に富むもので,それまでの事件の構図を大きく反転させる点で効果的と言えましょう。
 ただ惜しむらくは,クライマックスが,どうも「突然に!」といった感じが強く,ストーリィ全体の流れから少々「浮いて」しまっているような印象を受けてしまうところです。もう少し,前半の方で伏線なり,背景説明の書き込みがほしかったように思います(もちろん,まったくないというわけではないのですが・・・)。

 ところで,タイトル『氷の家』は,“The Ice House”の訳なのでしょうが,やっぱり「氷室」のことなんでしょうね? ストリーチ・グレインジをも象徴しているのでしょうが・・・

99/09/13読了

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