京極夏彦『百器徒然袋―雨』講談社ノベルス 1999年

 「そうだ! 僕が仕切るぞ」(本書「鳴釜」より 榎木津礼二郎のセリフ)

 というわけで,「京極堂シリーズ」のサブ・キャラクタのひとり,榎木津礼二郎をメインとした中編3編―「鳴釜」「瓶長」「山颪」―を収録しています。各編に「薔薇十字探偵の○○」というサブ・タイトルがついていて,その「○○」は,それぞれ「憂鬱」「鬱憤」「憤慨」となっています。想像するに,次作はおそらく「慨嘆」ではないでしょうか?

 このシリーズの登場人物たちを「陰」と「陽」とで分けてみると,関口巽は,陰も陰,陰々滅々ですし,木場修太郎も,けっこうネクラな部分を持っているようなので,やっぱり「陰」,で,主人公の京極堂こと中禅寺秋彦にいたっては,陰だの陽だの,そんなものを超越した感じですが,見てくれは明らかに「陰」であります(あるいは「陰険」かもしれません(笑))。一方,「陽」はというと,益田鳥口などが,あからさまに「陽」ではありますが,上の連中に対抗するには,あまりに非力。唯一,関口・木場・中禅寺といった陰気な面々と渡り合えるほどの「陽」といえば,榎木津礼二郎を置いて,他にないでしょう。まぁ彼の場合,「陽」というより「躁」といった方が適切でしょうが(笑)。
 そんな榎木津が主人公なわけですから,各編,スラプスティク色が濃くなるのは,これはもう自然の流れと言えましょう。「下僕」たちに対する罵詈雑言は,相変わらず快調ですし,なにしろ「推理をしない名探偵」ですから,事件の「解決」(「粉砕」とも言います)もすべて力技。
 ただ作者としても,榎木津オンリィで物語を作るのはさすがに辛かったのでしょう,やはり事件の解決というか解説の役回りは京極堂でありまして,そういった意味で,「番外編」とはいえ,本編シリーズとよく似た構成になっています。もっとも,いつもは最後の最後まで重い腰を上げない本編での京極堂とは違って,比較的早めに事件に関わっていきます(「中編」というせいもあるでしょうが・・・)。
 またその京極堂,メインである榎木津の影響を受けたせいか,なにか妙に「軽い」ところもあったりします。たとえば「鳴釜」では,篠村代議士に対して,もう口八丁手八丁,さながら詐欺師然とした語り口であります。また「瓶長」では,ヤクザ相手に,「巫山戯た口利きやがると叩き殺すぞこの野郎!」 と,ヤクザ顔負けの恫喝をやったりします。「朱に交われば・・・」といったところなのでしょう(笑)(語り手の“僕”に言わせれば,彼らは「一味」らしいですから・・・)

 さて第1作の「鳴釜」は,“僕”の姪が,お手伝いに入っていた屋敷のドラ息子とその仲間に輪姦されてしまい,なんとかしたいと榎木津に相談する,というお話。榎木津と京極堂が,その不良連中を懲らしめるというストーリィですから,先日読んだ『巷説百物語』を思わせるテイストになっています。
 つぎの「瓶長」は,父親から,青磁の名品「砧青磁」を探すように依頼された榎木津,一方,「壺屋敷」と呼ばれる家に住む女性から,「お払い」を頼まれた京極堂,ふたつの「事件」は奇妙に交錯し・・・という内容。バラバラに散りばめられた「ピース」が,ラストでするすると組み合わされ,ひとつの「絵」を作り出すという構成は,一番「京極堂シリーズ」らしい作品と言えましょう。また各所に挿入されている「モノ」と「価値」をめぐる蘊蓄はなかなか楽しめました。本集中,もっともおもしろく読めました (まぁ「瓶」と「亀」の語呂合わせは少々いただけませんが・・・^^;;)。
 ラストの「山颪」は,『鉄鼠の檻』事件に出てきた僧侶常信が,18年前に別れたきりの友人の安否を京極堂に相談するというストーリィ。一番ページ数が少ないせいか,ちょっと慌ただしいところもありますが,サクサクと読める,テンポの良い作品に仕上がっています。「薬石茶寮」での「仕掛け」の発想はおもしろいですね。しかし「百器」なのに,なんで「山颪」なんだ?(笑)

 ところで,本書には田中政志画のイラストが挿入されています。タッチはけっこう好みで,とくに「赤坂/壺屋敷/山田邸」なんかが好きなんですが,「中野/関口邸/主の部屋」は,あんまりじゃないですかねぇ(笑)(でも,なんかピッタリ^^;;)

99/11/23読了

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