テリー・ビッスン『ふたりジャネット』河出書房新社 2004年

 「だれもがウィルスン・ウーみたいな友人を持つべきだ」(本書「穴のなかの穴」より)

 「奇想コレクション」の1冊。9編を収録しています。

「熊が火を発見する」
 火を使い始めた熊たちは,夜な夜な,森の中で焚き火をするようになり…
 たしかに帯にあるように,「熊が火を使う」という発想は,まぎれもなく「ファンタジィ」なのでしょう。しかしむしろ,そんな「ありえない非日常」と,母親の死という「ありえる非日常」,そして主人公と甥との(タイヤの修理に象徴される)「日常」が,主人公の視点を通じて,同一地平上に描かれていること(そしてそれらが「しっくり」とはまっていること)こそが「ファンタジィ」なのではないかと思います。
「アンを押してください」
 キャッシュ・カードでお金をおろそうとしたエミリーは…
 キャッシュ・マシンの「表示」と,男女の会話のみから成り立つ風変わりな,しかし良質なショートショート。思わず「え?」という「表示」から,事態が思わぬ方向へ転がっていく展開が絶妙です(男女の会話でちょっとわかりにくいところもありますが)。
「未来からきたふたり組」
 「われわれは未来から来ました」…“あたし”の前に現れたふたり組はそう言った…
 ネタは途中で割れてしまうところもありますが,テンポのよい文体がじつに楽しい作品です。とくに「ふたり組」が探している絵の作者がわかるところがグッドです。
「英国航行中」
 ある日,イギリスは大西洋へと“航海”をはじめた…
 イギリスが,ひょっこりひょうたん島になるお話です(笑) 「日常」と「非日常」を同一地平で淡々と描くところは,前出「熊が…」と似た手触りなのですが,生活習慣を変えない頑固なイギリス老紳士(作中人物のセリフで言えば「使えない親父」)と,アメリカに移り住んだ亡妹の娘(姪)とをどのように再会させるか,ならばイギリスをアメリカまで“航海”させてしまえばいい,という作者の,まさしく奇想に驚かされます。あるいはまた,イギリスが動こうともしない限り,伝統あるイギリス老紳士は,アメリカなんぞには行かない,という皮肉なのかもしれません。
「ふたりジャネット」
 有名作家たちが,“わたし”の故郷の田舎町オーエンズボロに続々と引っ越ししてきた…
 わたしたちが「なにか」をするとき,自分の自由意志に基づいていると思いながらも,じつは状況に流されている場合が,しばしばあります。この作者の手法のひとつは,そんな「状況」(あるいは「世界」)を動かすことで,主人公に「なにか」−本人が「したくない」と思っていながら,心の底では「したい」と思っている「なにか」をさせる点にあるのでしょう。そして,その「動かし方」が突拍子のないものであるがゆえに,ファンタジィとなるわけですが,冒頭に書いたような経験があるだけに,そこにはある種の親近感が産み出されるように思います。
「冥界飛行士」
 盲目の画家に依頼されたのは,死後の世界への“遠征”だった…
 これまでの作品とうってかわって,ミステリアスでダークな雰囲気を持った作品です。きちんとした理由を示した上で「盲目の画家」という奇妙な初期設定をほどこし,その上で,主人公が「怪しげな実験」に参加していくようしむけていく展開には感心しました。また警察官の元妻の「捜査」を並行させることで,サスペンスを盛り上げているところも巧いです。
「穴のなかの穴」
 <穴>と呼ばれる廃車置き場で,“おれ”と友人のウーが見つけたのは…
 理屈はどうでもいいのです。廃車置き場と月面がつながっていることの説明で,意味不明な「数式」や不適合新位相幾何学的なんちゃらかんちゃらという「科学用語」がどんなに怪しげであっても,また月面に足を踏み入れる際の装備が,まるでヴェルヌ『月世界旅行』みたいであっても,いいのです。多少の損得勘定はあっても,まるで子どもみたいに,月面バギーを地球まで引っ張ってくるのに四苦八苦する,その軽妙な姿を楽しめばいい作品です。そして,情熱的で冷静で,大人なのか子どもなのかよくわからない主人公の友人ウィルスン・ウーのキャラクタを,羨望を持って味わえばよいのです。
「宇宙のはずれ」
 ウーは電話で言った「宇宙は収縮している! 時間は逆転する!」…“おれ”は十分に実感していた…
 前出「穴のなかの穴」と同一シリーズ。例によって,ウーが,怪しげな数式(今度は漢字入り!(笑))と「科学用語」を振り回します。今回は,「宇宙の膨張・収縮」という特大級のマクロな話と,「“おれ”の結婚話」という(本人にとっては「マクロ」でも宇宙的に見れば)ミクロな話とを「えいや」と結びつけ,おまけに,主人公の恋人キャンディのとんでもない性格の父親を加えることで,前作よりもスラプスティク色の強い作品となっています。「主人公の小さな行為が世界を救う」というパターンは,よく見かけますが,ここまでばかばかしいと,むしろ笑っちゃいます。
「時間どおりに教会へ」
 結婚を目前に控えた“おれ”とキャンディ…ところが立会人のウーが式に間に合わないという。その理由は…
 「ウー・シリーズ」の第3作。今回のテーマは「時間」ですが,ウーの「天才ぶり」がますますヒートアップ,もう何を言っているのかよくわかりません(笑) ハネムーン中の“おれ”は,そのウーに振り回されますが,なんやかや言いながらも,ウーに対する友情がほのかに伝えられ気持ちよいですね。ウーとの「コンニャク問答」もますます磨きがかかっている感じですし(笑)

05/04/03読了

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