坂口安吾『不連続殺人事件』角川文庫 1974年

 昭和22年夏,山中の歌川家に集った,一癖も二癖もある作家や詩人,画家たち。彼らの無頼な気質が生み出す不穏な空気の中,作家のひとりが刺殺される。が,それはその後に続く連続殺人の始まりに過ぎなかった。錯綜する人間関係,渦巻く欲望と憎悪,そして狂気。素人探偵・巨勢博士がたどりついた真相は・・・。

 鮎川哲也の『りら荘事件』の感想文で,「なんでこんなギスギスした関係の人間が一緒に遊びに来るんだ!」というようなことを書きましたが,この作品はもっとすごい。出てくる人物が,いずれもエキセントリックで傍若無人,なんとも傍迷惑な連中ばかりです(笑)。おまけにそんな連中が,互いに反目し,中傷し,罵倒し,しまいには乱暴狼藉の繰り返し。殺人のひとつやふたつ起こっても,けっしておかしくはない,そんな雰囲気です。もっとも,謎の手紙で「招かざる客」として来た人物も含まれるので,『りら荘』よりは不自然さは感じられません(でもわたしだったら,絶対参加しない! というより,お友達になりたくない!(笑))。スラプスティックというには,あまりに陰湿陰惨,生臭くてグロテスク,「終戦直後の文壇って,こんな世界だったのかなぁ」と勘ぐってしまいました。まあ,坂口安吾の文章って戯作っぽくって,多少露悪趣味的なところがあるからなぁ,とも思っていました(安吾ファンの方,ご容赦!)。が,巨勢博士によって,連続殺人の真相が明らかになった時点で,「ああ,なるほど」と納得しました。ネタばれになるのであまり書けませんが,こういったぐちゃぐちゃどろどろの雰囲気,読んでいてちょっと胸やけのするような乱痴気騒ぎもまた,じつはミステリとしての重要な作品要素であったことに気づきました。つまりは,作者の策略に,しっかりはまってしまっていたわけです。トリックそのものは,昭和22年初出というせいもあってか,「おお,これは!」という風に感じられませんでしたが,むしろその素材(=トリック)の調理法のほうに感心してしまいました。さすがは戦後の文壇で「新文学の旗手」とまで言われた作家さんです,一筋縄ではいきません。ただエンディングが少々もの足りませんでしたねぇ。悪魔的天才ぶりで巧緻な犯罪を繰り広げた犯人にしては,あまりにあっけない。巨勢博士の「心理的痕跡」による推理方法では,こういった結末にせざるをえなかったのかも知れません。

 ところで,中橋さんの『書庫の部屋』で,差別表現についていろいろと話題になっていますが,この本の表現もすさまじいものがあります。「肉体的に醜ければ,心も醜い」みたいな表現がぼろぼろ出てきます。書かれたのが50年前,わたしが読んだ文庫版でさえ20年前,現在重版したり,復刊するのは,坂口安吾とはいえ,難しいかもしれません。ミステリとしての評価は別として,それはそれで考えていかねばならない問題なのでしょう。

97/10/26読了

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