鮎川哲也『りら荘事件』講談社文庫 1992年

 秩父の山奥にある別荘「りら荘」。夏休みを利用して避暑に来た7人の学生たち。だが,彼らを待ち受けていたのは恐るべき連続殺人事件だった。ひとり,またひとりと殺されていく学生たち。死体の脇に捨てられたトランプのカードはいったいなにを意味するのか? そして犯人は? 名探偵・星影竜三の推理が明かした真相とは?

 角川文庫版『りら荘殺人事件』を読んだことがありますが,例によって(笑),記憶の淵に深く沈んで浮かび上がる気配がありませんので,限りなく初読に近い再読です(^^;。

 本格ミステリの古典あるいは名作と呼び声高い作品ではありますが,それなりにおもしろかった,というのが正直な感想ですね。それまでの描写の中に埋もれていた伏線を巧妙に浮かび上がらせ,再構成して真相を明らかにする星影竜三の推理は,読んでいて小気味よかったです(とくに紗絽女の不倫の謎解きは楽しめました)。
 ただこの手の「名探偵」の推理は,しばしば見受けられるのですが,「なぜ,このような推理をしたのか」という推理のきっかけなり,理由なりがはっきりしないんですよね。「推理の結果」はわかっても,「推理の経過」がよくわからない。まあ,そこが「名探偵の名探偵たる所以」といってしまえばそれまでですが,そういうのは,なんだか「作者のネタばらし」に思え,個人的にはいまいち楽しめないのです。それに「橘殺しをめぐる赤いナイフのトリック」もちょっと危ういものを感じました。

 それから文章が,いまひとつ魅力が感じられません。この作者は,“新本格派”や“ニューウェーヴ”と呼ばれる作家さんたちに,多大な影響を与えたようですが,かつて彼らになされていた批判,「人間が描けてない」とか「単なるパズルで小説になっていない」が,もしかするとこの作品にもけっこうあてはまるんじゃないでしょうか? 読んでいて退屈してしまいます。
 そのくせ人物描写が妙にグロテスクで,とくに女性の登場人物に対する,「なんか,怨みでもあるんじゃないか」と思わず邪推してしまうような文章は,作品全体の印象を後味の悪いものにしています。なによりこんなギスギスした人間関係の学生7人が,一緒に別荘に遊びに来たりするんでしょうか?

97/08/09読了

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