香納諒一『梟の拳』講談社文庫 1998年

 この感想文はネタばれではありませんが,先入観を持たずに本書を読みたい方には,あまりお薦めできない内容になっていますので,ご注意ください。

 網膜剥離で失明した元世界チャンピオン・ボクサーの“俺”桐山拓郎が,チャリティ・ショーの会場となったホテルで男の死体を発見したのがすべての始まりだった。翌日「関わっちゃいけない」と電話してきた元マネージャ・永井もまた交通事故で死んでしまう。そして妻・和子とともに永井の死を調べ始めた“俺”の周囲に徘徊し始める不穏な男たち。彼らの死の裏側にはいったいなにが隠されているのか?

 主人公は盲目の元ボクサーです。身体にハンディキャップを背負ったキャラクタを主人公にした作品は,ドルリィ・レーンに代表されるように,本格ミステリではときおり見かけますが,こういったハードボイルド・タッチの冒険小説ではめずらしいのではないでしょうか? 少なくともわたしは初めて読みました。

 さて物語は,“俺”と和子の友人の死をめぐる謎の追求をメインとして進行しますが,その背後に“俺”が出演したチャリティ・ショー(特定はしていませんが,某TV局の「○は○球○救○」あたりがモデルになっているようです)をめぐる黒い霧,さらにどうやら原発がらみの政治的策謀が見え隠れしてきます。そしてふたりの前に現れる有象無象の怪しげな男たち。暴力を生業とする名前不明の「大男」,元呼び屋の金円友(キム・イュンユン),一見礼儀正しそうで底に冷酷なものを秘める柴田祐一・・・,彼らが“俺”に接近する目的は?
 個人的には,主人公の性格にちょっと馴染めないところがありましたが,誰が味方で誰が敵なのか? という緊張感あふれる展開に,いつの間にやらそんなことは気にならなくなり,ぐいぐいと読み進めていけます(ただこのタイプの主人公は,好き嫌いが分かれるかもしれませんね)。

 そして物語の半ばあたり,ホテルで死んだ久岡の娘で,失踪した静江を追いかけるうちに,“俺”たちは,精神薄弱者の施設“あけぼの園”にたどり着きます。その過程で“俺”の過去,妻にも話していない過去―“俺”はかつて両親とともにこの施設に住んでいた―が語られます。いったい“あけぼの園”と,今回の事件とがどう関わるのか? そして30年ぶりの父親との再会。ここにいたって“俺”が単なる「追跡者」ではなく,物語のメインの謎と深く密接に結びつていることが明らかになってきます。
 “俺”が抱え込む苦悩や焦燥,過去に対する屈折した拘り・・・,それらが単なるキャラクタ造形として描かれるのではなく,物語の設定に深く結びついた展開と,ラストで明らかにされる社会的弱者を犠牲にする非情なシステムへの“俺”の怒りは,ただでさえ緊張感に満ちた物語に,さらに深い奥行きと重量感を与えているように思います。
 また物語を通じて果たされる,主人公の「再生」そして「脱皮」の姿も魅力のひとつでしょう。そのことは,ラストの一文,
「俺は妻の手を引いて,ゆっくりと闇の中を歩き出した」
に,よく表れているのではないかと思います。

 この作者の作品を読むのは,『夜の海に瞑れ』に続いて2作目です。次回文庫化作品が楽しみな作家さんのひとりになりました。

98/08/02読了

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