中島河太郎・権田萬治編『独り笑う殺し屋 現代ミステリー傑作選』角川文庫 1989年

 1976年から85年にかけて発表されたミステリ短編9編を収録したアンソロジィです。

赤川次郎「名探偵の子守唄」
 夕子と待ち合わせた遊園地で,見知らぬ女から乳児を預けられた“私”は…
 「永井夕子シリーズ」の1編。「この作者らしい」と言われるテンポのよい文体とリズム…それを「煙幕」として伏線を巧妙に埋め込むところにこそ,まさに「この作者らしい」ところがあるのでしょう。
仁木悦子「虹の立つ村」
 子どもたちを連れて避暑に来た民宿で,“私”は殺人事件に巻き込まれ…
 「仁木兄妹シリーズ」の1編。このシリーズのあまり熱心でない読者であるわたしにとって,兄妹がそろって結婚し,子どもができていることに,ちょっとびっくり。兄雄太郎の植物学者らしい着眼点による論理的推理が小気味よいです。
岡嶋二人「火をつけて,気をつけて」
 偶然,放火魔を見つけた“僕”は,ある計画を思いつき…
 「放火魔を見つける→脅迫して何かやらせる」というだけの展開ならば「ありがち」ですが,そこにもうひとひねり加えているところが,本編の「ミソ」でしょう。その「ミソ」は楽しめるのですが,「説明説明」したラストが,少々興ざめ。
高橋克彦「陶の家」
 その陶製のミニチュアの家を買った人物は,かならずそれを実物で再現するという…
 このふたりの編者による「ミステリー」と銘打ったアンソロジィに,この手のタイプの作品が収録されているのは意外でした。曰くありげな「陶の家」に,主人公が魅入られるようにして怪異に飲み込まれていくクライマクスは圧巻です。ホラーの佳品です。
菊村到「吉見百穴で眠れ」
 “私”の友人の作家が,吉見百穴で“自殺”した…
 少年時代を埼玉県中央部で過ごしたわたしにとって,吉見百穴は,遠足の「定番」でした。ですから情景がすぐに目に浮かびます(『ジャイアント・ロボ』のロケ地として,一部で有名ですし(笑))。小説家らしいアイテムへの着目がおもしろいですね。
船戸与一「ジャコビーナ街道」
 この作者の短編集『カルナヴァル戦記』所収。感想文はそちらに。
戸板康二「木戸御免」
 いまひとつ人気のでない若手男優の楽屋に,奇妙な女が訪れるようになり…
 「中村雅楽シリーズ」の1編。オチは,途中で見当はつくのですが,若い役者の成長を描いたすがすがしさと,中村雅楽の役者ならではの,といった推理の展開の妙が,このシリーズの持ち味として味わえます。
生島治郎「密室演技」
 覚醒剤中毒の人気スターから,売人との交渉を頼まれた“私”は…
 ハードボイルド・ミステリにしては珍しい「密室もの」ですが,密室トリックのシンプルさと,犯人の「粗忽さ」が,むしろ逆効果になって,ハードボイルドとしての味わいを,かえって殺いでいるのでは?
土屋隆夫「虚実の夜」
 無実を主張する殺人容疑者が,公判前に,刑務所で死んだ…
 地方名士である大学講師,美人として有名なその妻…「絵に描いたようなセレブな家庭」に潜んでいる「悪意」を,巧みな構成で描き出しています。堅実なこの作者らしい作風と言えましょう。

04/10/240読了

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