城昌幸『人化け狸−若さま侍捕物手帖−』春陽文庫 1985年

 江戸は柳橋米沢町,船宿“喜仙”の二階座敷で,昼日中から酒杯を傾ける侍,通称“若さま”。どうやら高貴な出ながら,いつも着流しに懐手,口を開けば武家らしからぬ伝法口調。ざっくばらん,春風駘蕩といった風情の“若さま”は,しかし難事件を持ち込まれると,一刀両断に解決してしまう鋭利な頭脳を隠し持っていた…

 主人公若さまの設定は,『遠山の金さん』『暴れん坊将軍』にも通じる,いかにも「時代劇!」という感じですが,そこはそこは,やはり「ミステリ短編の巧手」として知られるこの作者。謎めいたオープニングと,小さな手がかりから,ストンストンと繰り広げる“若さま”の推理の小気味よさが魅力になっています。14編を収録。江戸を舞台にしたエピソードを中心としますが,詳しい経緯は不明ながら,京都を舞台にしたものもあります。
 ところで,古本屋で本書を見つけてけっこう喜んでいたら,2003年,光文社文庫から『若さま侍捕物手帖』中公文庫から『若さま侍』というのが出てたんですね(笑)
 気に入った作品についてコメントします。

「双面黄楊の小櫛」
 盲人の座頭が“目撃”した殺人事件。その真相は…
 十分に想定できる状況なのに,思わず「あ,そうだったのか」と膝を打ってしまうストーリィ展開です。おそらく,ふたつ目の殺人事件を効果的に挿入して,ストーリィにメリハリをつけているからでしょう。
「悪鬼羅刹」
 みずからの死を予告した投げ文。その直後,その投げ主の女の死体が発見され…
 この作品も巧いですよね。劇的で魅力的なオープニングと,それに続く事件の発生という,テンポのよい展開。若さまが真相に気づくきっかけもはっきりしていますし,ラストで伏線もしっかりと回収しています。本集中,一番楽しめました。
「埋蔵金お雪物語」
 姫をさらわれた腰元から,その救助を頼まれた若さまは…
 いわゆる「武田家の埋蔵金」をめぐっての活劇調の濃い作品です。あやしげな人間を交錯させながらの展開,玉姫様の扱いなどが上手いですね。
「色屋敷」
 駆け落ちしたかに見えた男女は,とある大身旗本の蔵に閉じこめられ…
 ミステリ色は薄目ですが,若さまの“正体”がほのめかされ,それを利用しての,飄々とした若さまの振るまいが,まさに「時代劇」特有のテイストで楽しめます。水戸黄門が印籠を見せるときの痛快感に近いかな?
「金梨子地空鞘判断」
 名家から宝刀が盗まれ,鞘だけが心中死体の傍らに落ちており…
 一見,心中に見えながらの殺人,そして残された鞘,それは盗まれたものだった,と,魅力的なオープニングから中盤への引っ張り方は絶妙ですね。その上で,若さまの推理のスムーズさも楽しめます。
「面妖殺し」
 祭りの最中,踊り手が立て続けに毒殺され…
 仲間と一緒に酒を飲んだはずなのに,そのうち,ひとりだけが毒殺される,いったいいつ毒を? というミステリ的に定番とも言えるシチュエーションです。ミス・リードがやや弱い感じもしますが,けれん味たっぷりの謎解きシーンがいいですね。
「鳥追い地獄」
 鳥追いから不思議な一言を聞いた店主は…
 事件の背景は,捕物帖でいかにもありそうなものですが,そこにもうひとひねり加えているところが,この作者の持ち味でしょう。
「人化け狸」
 本所深川で,人を化かす狸が出現。斬り殺してみたら人間の女だった…
 やはり「深川の七不思議」は,時代物では,どなたでも取り上げたくなるのでしょうね(笑) そこから思わぬ殺人へと発展してしまう展開を,一方でユーモアをたたえつつ,その一方で暗い策謀に絡めながら描いているところが,この作品の魅力となっています。

03/04/06読了

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