日下三蔵編『日影丈吉集 かむなぎうた 怪奇探偵小説名作選8』ちくま文庫 2003年

 「どんなに客観的に忠実な記録にも,他人の考える現実と違う部分がないはずはないじゃないか」(本書「猫の泉」より)

 16編を収録しています。この作家さんの作品は,高校生の頃でしょうか,『孤独の罠』という,因習的な農村部を舞台にしたミステリを読んだのがはじめだったかと思いますが,こちら側のキャパシティの問題があったのでしょう,いまひとつピンと来なかったという記憶があります。しかしここ数年の探偵小説復刊ブームの中で,短編作品に触れる機会が増え,改めて,この作者の独特の手触りを持った作品の魅力が味わえるようになってきました。「小説を読む」という行為が,作者と読者のコミュニケイトであるということを再認識しています。
 気に入った作品についてコメントします。

「かむなぎうた」
 溺死した盲目の老婆。それを殺人だと確信した少年は…
 編者の「解説」によれば,江戸川乱歩によって激賞されたデビュー作だそうです。論理的な奇想を核としながら,その処理の仕方は,「人間椅子」などを書いた乱歩の好みだったのかもしれません。
「狐の鶏」
 女房を殺す夢を見た男が目覚めると,女房は殺されていた…
 農村部の絡まり合った人間関係,それゆえに生じる,一種の「いやらしさ」を丹念に描き込みながら,ひとりの男の懊悩と焦慮,それがもたらす破滅をじっくりと描出しています。そこに終戦直後という時代性を加味することで,哀しくも無惨な結末を巧みに導き出していると言えましょう。
「東天紅」
 『恐怖推理小説集』所収作品。感想文はそちらに。
「飾燈」
 百貨店の「八幡の藪知らず」で発見された幼児の死体。事故か,事件か?
 冒頭の「映画談義」が,作品のメイン・テーマとどう結びつくのか,ちょっと首を傾げます。ただし,「事故」の背後に隠された,子どもの「悪意」を,奇抜なトリックで結びつけている点は注目に値しましょう。
「旅愁」
 死者を再生させる“ラスク中立療養地”を取材に訪れた“私”は…
 この作家さんについては「独特の作風のミステリ作家」というイメージが強いせいか,本編のような,アンチ・ユートピアSF的な色合いの強い作品もあったのかと,少々意外です。「再生人間」の人間くささと,人間らしからぬところの混交が,不気味さを醸し出しています。
「吉備津の釜」
 借金に苦しむ洲ノ木は,飲み屋で知り合った男から,援助してくれる人物を紹介され…
 金策に走る主人公,川蒸気の上での追想,昔聞いた民話との奇妙な暗合と,話がスルスルと展開し,その末に明かされる恐ろしい「理」…作者のストーリィ・テリングの妙が存分に味わえる作品です。本集中で一番楽しめました。
「月夜蟹」
 病気療養のため田舎暮らしを送る“わたし”は,そこで啓示を受ける…
 主人公の鬱屈した心理,それがしだいに狂気へと傾斜していく展開は,肌寒くなるものがあります。とくに,彼が幻視する「蟹」の光景は,こういった群集した虫などに生理的嫌悪感(恐怖感さえ)を感じるわたしとしては,おぞましい限りでした。
「猫の泉」
 フランスのヨンという村を訪れた“わたし”が見たものとは…
 一種の「山中綺譚」とでも言いましょうか。30人目の外来者に未来を予言させるという村の風習とか,その「予言」を口にしたあとの猫の行動とかいったエピソードが,ただでさえ不可解なストーリィを,よりいっそう奇怪なものにしています。どこかで読んだなぁ,と思って検索してみたら,澁澤龍彦編の有名なアンソロジィ『暗黒のメルヘン』に収録されていました。
「写真仲間」
 日本脳炎の流行で,写真仲間とその妻が罹患し…
 怪異譚の醍醐味は,その結末の余韻にあるというのが,わたしの(ささやかな)持論です。そういった意味で,本編の幕引き−さまざまな想像が可能な,曖昧で,余韻たっぷりの幕引きは,まさにそれを体現しているものと言えましょう。
「粉屋の猫」
 フランスの田舎町で“私”は,美少女ミリイと出会った…
 ミリイが行ったことは,淫靡で残酷なことかもしれませんが,けっしてスーパーナチュラルなものではありません。しかし時代が時代ならば,「魔女」の烙印を押され,火刑に処せられたかもしれません。ならば「魔女」とは,疑いようもなく「実在」するものなのでしょう。わたしたちの心の闇の結晶化したものとして…
「吸血鬼」
 終戦直後,台湾の孤島で発見された旧日本兵は錯乱しており…
 エイジアン・ヴァンパイヤ・ストーリィといったところでしょうか。南方特有の熱気にまみれた洞窟の中で絡み合う男と女吸血鬼。ヨーロッパ産のそれとは,ひと味違うエロティシズムが感じられますね。

03/10/10読了

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