平岩弓枝『平安妖異伝』新潮文庫 2002年

 「人はまだ,人ならぬものの気配に畏れを懐く時代であった」(本書より)

 若い貴族・藤原道長は,とある事件を契機に,不可思議な少年楽人に出逢う。楽人の名は秦真比呂。その楽器を操る才の素晴らしさもさることながら,この少年,人ならざる「力」を秘めていた。道長が怪異に直面すると,いずこともなく現れ,鮮やかに事態を収拾する。少年の正体はいったい…

 のちに最高権力を握ることになるも,いまだ若き一貴族に過ぎない藤原道長と,不思議な能力を持った楽士秦真比呂を主人公とした,連作短編集です。
 平安時代を舞台にした怪異譚,男性コンビの主人公,怪奇な事件に対する「名探偵」的な役回りなどなど,その設定と展開は,どうしても夢枕獏『陰陽師』を連想させます。どうやら作者自身も『陰陽師』というか,あるいは近年の「陰陽師ブーム」「安倍晴明ブーム」をかなり意識しているようです。それもライヴァル的な意識を持っているように思えます。
 とういのも,たとえば「孔雀に乗った女」というエピソードでは,道長の姪に当たる中宮定子から,一条天皇の見る不思議な夢の解明を依頼された道長が,その解決に「心当たりの者がいる」と答え,「陰陽師よりは頼りになろうかと存じます」と付け加えています。また一日中,大きな音を立て続ける象太鼓の怪異を描いた「象太鼓」には,安倍晴明が登場しますが,「象太鼓」に為す術もなく,太鼓を早く取り除かねば危険である,と奏上するに留まっています。つまりこの作品では,さまざまな怪異に対して,陰陽師たちはまったくの無力な存在です。
 むしろ,数多くの歴史時代小説を書いてきたこの作者が,「陰陽師ブーム」「安倍晴明ブーム」を横目で見ながら,「平安怪異譚,わたしだったらこう書く!」という気持ちで,本作品を執筆したのではないか,などと邪推してしまいます^^;;

 さて本編には計10編の物語が収録されています。いずれも道長が怪異に巻き込まれたり,あるいは奇怪な事件の相談を受け,秦真比呂がその「謎解き」をし,事態を収拾させるというパターンで,さほど「凝った作り」ではありませんが,さすがに筆慣れたこの作者,サクサクと読める作品に仕上がっています。
 その中で気に入ったエピソードはと言うと,個人的な嗜好もあるのでしょうが,怪異の奥底に「哀しみ」や「寂しさ」が秘められているという内容のものがいいですね。たとえば「孔雀に乗った女」は,貴人や天皇がつぎつぎと不可解な経験をするという物語ですが,その背後には,時代の流れの中で見放され,捨てられていくある「モノ」の哀しさが隠されています。「もののけ」という言葉は,「物の怪」に由来するという説が,じつにしっくりくるお話です。
 兄道兼が通う奇妙な女を描いた「狛笛を吹く女」は,祖国を失い,遠い異国で暮らすも,藤原一族の陰謀により不幸な身の上に突き落とされた一女人の哀しみと怨みが,怪事の発端になっています。そんな女の魂が,真比呂の奏でる狛笛の音に乗りながら,遙か彼方,海の向こうの「失われた故国」へと,白鶴となって舞い飛ぶシーンは,じつに幻想的で美しいエンディングとなっています。
 そのほか,一種の「異類婚姻譚」とも言える「源頼光の姫」や,みずからの「才」を頼んで亡霊となっても宴席に現れる男の悲哀を描いた「催馬楽を歌う男」なども好きですね。

02/10/18読了

go back to "Novel's Room"