結城信孝編『白熱 ギャンブル・アンソロジー[競馬編]』ハヤカワ文庫 2005年

 「自分は馬を育てているとは思えん時があるね。この先咲くかどうかわからない,夢を育てている,そう感じる時がある」(本書「流れ星の夢」より)

 サブタイトルにありますように,「競馬」を素材とした短編8編を収録しています。タイトルはおそらくディック・フランシスの「競馬シリーズ」の邦題を意識しているのでしょう。ちなみに,わたしの競馬そのものの知識は,上記フランシス作品からと,『じゃじゃ馬グルーミン★UP!』からのものにほぼ限られています(笑)(あ,あと三原順「はみだしっ子シリーズ」の1編「裏切り者」か)

真保裕一「流れ星の夢」
 この作者の短編集『トライアル』所収。感想文はそちらに。長編だけではなく,短編におけるこの作者のお話作りの「巧さ」が,存分に発揮されている作品と言えましょう。
佐野洋「馬券を拾う女」
 競馬場ではずれ馬券を黙々と拾う女…その真意は…
 本編の妙味は,やはり,「なぜ女ははずれ馬券を大量に拾うのか?」という謎と,その意外な「用いられ方」というユニークな着眼点にあるのでしょう。ただ犯罪トリックとしてみた場合,やや偶然性に頼った脆弱な感じもいたしますが…
西村京太郎「三十億円の期待」
 人気ジョッキーが,競技中にたてつづけに事故を起こした理由は…
 競馬をまったくやらないわたしにさえ,馬券を介したファンとジョッキーとの間の,単に「欲得」だけではくくることのできない,複雑な「想い」を,容易に想像させる1編です。とくに,そんな「想い」を象徴するラスト・シーンが秀逸。
宮本輝「不良馬場」
 結核療養中の同僚を見舞った男は,一緒に競馬場に行くことになり…
 う〜む,正直,物語の「眼目」がどのへんにあるのか,よくわかりません。競馬場という,一種独特の雰囲気の中での会話なのかもしれませんが,競馬場の雰囲気そのものを知らないからなぁ。
石川喬司「笑顔」
 「レディースカップ」最終戦の朝,女性ジョッキーが見せた笑顔の理由は…
 「因縁話」になりそうなところを,それを匂わせるだけで,ギリギリのところで留まっているのが,本編の持ち味となっています。おそらく,レース中のジョッキーは,わたしが想像する以上に危険に満ちたものなのかも知れません。
遠藤周作「競馬場の女」
 出張先で競馬場に行った男は,ひとりの女と知り合うが…
 主人公が,いかにも「欲の皮の突っ張った」軽薄な感じがしていて,それが鼻につくのですが,その設定がラストで効いてきて,苦笑させられます。そのへん,作者の計算なのでしょう。
寺山修司「おさらばという名の黒馬」
 急に力をつけた「ロンググッドバイ」という馬は,はたして本当にロンググッドバイなのか?
 ギャンブルが,しばしば人生のメタファとして語られることは,おそらく人生にも,なにがしかの「ギャンブル性」があるからなのかもしれません。しかしメタファをメタファとして,一歩離れて見ることができない,どうしようもなく追いつめられた心持ちというのも,やはりあるのでしょう。愚かと言ってしまうには,あまりに哀しい…
牧逸馬「七時○三分」
 明日のレース予想に熱中する男の前に差し出されたのは「明日の夕刊」だった…
 ほとんど競馬ファンの「夢」である「未来のレース結果を知る」というモチーフでは,その「オチ」をどうつけるか,という点に,その作品のおもしろさがかかっていると言えましょう。その点では,まさに古典的と言っていい皮肉なラストです。

06/02/05読了

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