真保裕一『トライアル』文春文庫 2001年

 「確かにそれは,賞金と名誉を競い合う“祭り”には違いなかった」(本書「最終確定」より)

 競輪・競艇・オートレース・競馬の選手たちを主人公とした連作短編集です。
 これらのスポーツは,他のプロ・スポーツとは異なる点があります。言うまでもなく,それはギャンブルが絡んでいるということです。ほかのスポーツと同様,ファンの期待を背負っているところは同じですが,その「期待」には,「オッズ」という形での金銭が関わっています。いわば彼らに対する「期待」は,限りなく「欲望」に近いものです。その欲望ゆえに,期待のかけ方は,より生臭いものにならざるをえません。ですからそこに八百長をはじめとする不正や犯罪が忍び込んでくる危険性がより高いと言えましょう。
 しかし本短編集では,それとともにもうひとつ,「家族」というテーマも含まれているように思います。主人公の家族−兄や夫,父親−に対する確執やわだかまりが,メインとなる不正や犯罪と絡まり合いながら,ストーリィの緊迫感を高めています。このあたりは,この作者の「お話作り」の定型のひとつといっていいかもしれません。

「逆風」
 競輪選手の直人の前に,7年ぶりに「ろくでなし」の兄が現れたことから…
 兄に対する,子どもの頃の敬愛と成長してからの憎しみ,母親に対する苛立ちと思いやりを交錯させながら,小出し小出しに不穏な雰囲気を漂わせ,レース直前の緊張感を高めていく手腕は,やはり巧いですね。ただ競輪を見たことがないので,「専門用語」がよくわかりませんでした。「赤板(あかばん)」って,なんなんでしょうか?^^;;
「午後の引き波」
 夫のバッグの底に奇妙な金属板を見つけたことから,映子は夫が不正をしているのではと疑い…
 ともに競艇選手である夫婦の間の疑心暗鬼を描いています。同じプロであるがゆえに,夫が不正をしているかもしれないという疑惑を持たざるを得ない妻の心の揺れ動きを,選手生命の崖っぷちに立たされたプロの苦悩とを重ね合わせています。こちらはマンガの『モンキーターン』(河合克敏)を読んでいるので,かなりイメージがわきやすかったです(笑)
「最終確定」
 奇妙な方法で2回に渡ってレース出場を妨害された明博は…
 雨のレースでしか勝てない二流選手である主人公に,なぜ妨害工作がなされるのか?という謎と,二流に甘んじているふがいなさに苛立つ主人公の心理とが輻輳し,互いに増幅しあい,ストーリィに緊迫感を与えています。苦味と暖かさとが入り交じったラストの「謎解き」もいいですね。
「流れ星の夢」
 弱小厩舎に勤めはじめた中年の厩務員には,なにか人には言えぬ過去があるようで…
 謎の厩務員塩田の,馬に対する深い愛情と鋭い洞察力を表したひとつひとつのエピソードがいいですね。気性難の馬トレモロの「目」と「耳」のエピソードは「なるほど」と納得しました。また塩田の過去をめぐって,社長から「取引」を持ちかけられた高志の,騎手としての野心と矜持の間で揺れる心理も楽しめました。後味の良いところも含めて,本集中,一番おもしろく読めました。

01/05/18読了

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