ジョルジュ・ランジュラン『蠅 異色作家短編集16』早川書房 1965年

 「奇妙な味」シリーズの第16集,10編を収録しています。

「蠅」
 夫をスチームハンマーで殺した妻は,気が狂っているのか?
 リメイク版も作られた有名なSFホラー映画の原作です。本編の魅力は,言うまでもなく,そのSF的奇想にありますが,それとともに,ミステリアスなオープニング,残された息子の奇妙なセリフ,妻の要望が導き出した皮肉でグロテスクな結果,そして酷く哀しいエンディングなど,アイデアだけでないストーリィ・テリングの巧みさも楽しめる作品となっています。
「奇蹟」
 列車の脱線事故に巻き込まれた男は,一計を案じ…
 この手の物語が,皮肉な結末に終わることは,だいたい予想されることではありますが,その結末に現れる聖マリアのセリフがなんともふるっていて,苦笑を誘います。
「忘却への墜落」
 “ぼく”は妻を殺した。しかし無実なんだ!
 主人公の矛盾する主張が,ミステリとなってストーリィを牽引していきます。そして,ラスト,その謎が解かれるとともに,彼が子どもの頃から見る「墜落の悪夢」とミックスした,鮮やかな着地を見せます。
「彼方のどこにもいない女」
 ある夜,放送の終わったテレビに,奇妙な映像が映るのに気づいた彼は…
 テレビ放送終了後の,いわゆる「砂嵐」のなかに「なにか」が映る,というモチーフは,洋の東西を問わずあるのでしょうね。そこに原爆を絡めたのが,時代性なのでしょう。最後のカタストロフにちょっと驚くとともに,読んでいる途中に感じていた,ある「違和感」が解消しました。
「御しがたい虎」
 動物園で,自分の不思議な力に気づいた男は…
 結局「力」を持っていたのは,主人公ではなく,動物たちの方だったのでしょう。人が誰でも持つであろう支配欲を嘲笑うような皮肉な物語です。
「他人の手」
 「右手を切り落として欲しい」…男は,医師である“わたし”に頼み込んだ…
 「俺が悪いんじゃない,この手が悪いんだ!」というセリフが,ギャグとしてならともかく,スリや痴漢などの言い訳として通用しないのは,「肉体」が「精神」の管理下に置かれていることが,わたしたちの社会の「前提」になっているからです。それゆえ,その前提が壊れることの恐怖は,狂気に対する忌避と同様,根深くあるのかもしれません。
「安楽椅子探偵」
 乳児誘拐事件をめぐって“おじいちゃん”の推理は…
 発想としてはおもしろいのですが,現在の日本のミステリ・シーンからすると,ちょっと物足りない観は否めません。それと犯人がまぬけすぎるのも。
「悪魔の巡回」
 妻と愛犬を失った男は,ジプシーの老婆から奇妙な申し出を受け…
 時間SFで,歴史上の重要人物を殺害しても,別の人物によって似たような歴史的状況が産み出されるというストーリィのものがあります。妻と愛犬を二度も,それも二度目はより残酷な形で失った男の人生とは,そんな「歴史」だったのかもしれません。
「最終飛行」
 “ラッキー”というニックネームのパイロットにとって,それが最後のフライトだった…
 ラストで,明示されていないにもかかわらず,「そういったこともあるかも?」と得心してしまう,心温まるストーリィです。主人公の弟ビルのエピソードが,上手に活かされていますね。
「考えるロボット」
 交通事故で死んだはずの友人と,チェスをさすロボットとの関係は?
 オープニングでの夜中の墓地への侵入,サン・ジェルマン伯爵を名乗る人物による不可思議なロボット,ヒロインの失踪,と,冒険活劇テイストがたっぷりの作品です。とくにサン・ジェルマン伯爵宅へ,ヒロイン救出へ向かうシーンはスリルにあふれています。またラストの,読者の想像を刺激する形で提示される「真相」は,曖昧であるがゆえに不気味です。

04/05/23読了

go back to "Novel's Room"