塩野七生『銀色のフィレンツェ メディチ家殺人事件』朝日学芸文庫 1993年

 16世紀前半,“花の都”と唱われたルネサンスの発祥地・フィレンツェ共和国は,スペイン王カルロスを後見とするアレッサンドロ公爵が支配する君主制国家へと変貌していた。が,アレッサンドロは民衆の評判が悪く,共和制復活を求める動きも消えそうになかった。マルコ・ダンドロがフィレンツェを訪れた矢先,アレッサンドロの側近が殺され・・・。

 『緋色のヴェネツィア』事件で,3年間の公職追放となったマルコが,その期間を休養と開き直って,フィレンツェを訪れるところから,今回の物語は始まります。今回は,フィレンツェの支配者・メディチ家をめぐる陰謀劇です。ううむ,なんだか中途半端な感じがする物語です。なぜそう感じるかというと,前半と後半で,主人公が変わってしまってるからです。前半では,曲がりなりにもマルコを中心に物語が展開していきます。アレッサンドロの側近殺しの容疑で逮捕された,マルコの投宿先の主人・ジョヴァンニを救うため,マルコは奔走します。またかつての愛人・オリンピアとの再会,ラブロマンスが描かれます。ところが後半になると,ほとんどマルコは出てきません。もちろん「まったく」というわけではないのですが,むしろアレッサンドロを深く憎悪するメディチ家のロレンツィーノ,引退したもののフィレンツェ政界に隠然たる影響力を持つヴェットーリらの行動が,物語の中心となります。そしてフィレンツェにおける共和制の完全なる崩壊と,絶対君主制の成立への契機となるアレッサンドロ暗殺へと収束していきます。この後半のプロローグとなる,マルコ,ロレンツィーノ,ヴェットーリ3人の,マキャベリの「陰謀」をめぐる議論はなかなかスリリングですし,またアレッサンドロの毒牙から逃れるため,ロレンツィーネの妹・ラウドミアのヴェエツィアへの脱出劇,そしてロレンツィーノのアレッサンドロ暗殺にいたる経緯や苦悩などの描写も緊迫感があります。それはそれでおもしろいのですが,そこではマルコは傍観者です。いや傍観者でさえない,完全な部外者になってしまっています。だから前半でのマルコを中心とした物語展開はいったいなんだったのかが,よくわかりません。まあ,フィレンツェ政界中枢部に,“外国人”であるマルコが大きく絡んでしまうというのも,不自然なことかもしれませんが。だからむしろ「マルコの物語」でなく,「ロレンツィーノの物語」として構成した方が,首尾一貫したのではないでしょうか? 後半はそれなりにおもしろいのですが,全体としては,正直なところ,あまり楽しめませんでした。

 最後に関係ないですが,やはりルネサンス期のフィレンツェを舞台にした辻邦生の『春の戴冠』を,また読みたくなりました。文庫で出ているのかなあ。

97/07/23読了

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