山田正紀『贋作ゲーム』文春文庫 1983年

 「爆弾はな,結局,扱う人間を腐食していくもんなんだよ。精神をひどく荒廃させる。すべてが,ヒューズに点火することで片が付いてしまうような錯覚におちいるんだ」(本書「スエズに死す」より)

 4編の中・短編を収録しています。この作者の長編冒険小説のベストを『火神(アグニ)を盗め』とするならば,短編ではこの作品集が選ばれる可能性が高いのではないでしょうか。もっとも作者の言葉によれば「Caper Story=泥棒小説」とのことですが。

「贋作ゲーム」
 有名美術館で展示されようとしている絵画はじつは贋作。それを阻止しようと“俺”たちは…
 文庫本で60ページというヴォリュームは,本編の素材としては短すぎ,展開がやや慌ただしい感じも受けますが,それゆえにスピード感がありコンパクトにまとまっているところも魅力となっています。アマチュアが困難な状況の中で,ほんのわずかな「空隙」をついて目的を達成しようと,あの手この手でアプローチするという展開は,まさにこの作者の十八番の冒険小説と言えましょう。そして「らしさ」が現れているのが,なんといっても,「ゲーム」そのものが根底からひっくり返されるというラストにあります。主人公と,「対象」となる絵画との関係に,何か裏がありそうなことは,すでに前半から匂わされているとはいえ,こちらの予想を上回るような「裏」には,「やられた!」といった爽快感さえ感じます。それを導き出すための構成の妙もいいですね。
「スエズに死す」
 爆破物処理のプロである“俺”は,娘の命と引き替えに,パレスチナ・ゲリラから困難な依頼を受け…
 さてこちらはプロフェッショナルのお話。日本の「対・破壊活動班」の班長で,爆破物処理のエキスパート“俺”と,パレスチナ・ゲリラの優秀な闘士“風”とが,タッグを組んで,危険きわまりない機雷“プッシー・キャット”を回収しようとするストーリィです。プロではありますが,しかし,時間も材料も圧倒的に足りない主人公たちが,頭をめぐらせながら奇想天外な方法で目的を達成しようとするところは,やはり山田テイストの冒険小説と言えましょう。また呉越同舟状態のチームの不安定さ,たとえ任務が成功しても,その後に待っているであろう対立,などなど,目的遂行のスリルに加えた,ピリピリとした緊迫感がストーリィを引き締めています。ラストは,後の本格ミステリ作家としてのこの作者の片鱗をかいま見せてくれるサプライズ・エンディングになっています。
「エアポート・81」
 “海賊商売”をネタに,“俺”は,現在製作中の映画のシナリオ通りに,ハイジャックするよう脅迫され…
 アマチュアを主人公とすることの多い,この作家さんの作品において,「なぜ素人が危険で困難な“犯罪”に首を突っ込むのか?」という,いわば「舞台作り」が重要なポイントになります。本編では,公開前の洋画の海賊版を“密輸”する映画カメラマンの主人公が,それを盗まれたことから,ハイジャックする羽目になるプロセスを,テンポよく描き出しています。またハイジャック映画のシナリオを元に,実際のハイジャックを企てるという発想も楽しいですね。周囲を警察と機動隊で包囲された密室状態の飛行機からいかに脱出するか,というクライマクスは,少々現実味に欠けるうらみはありますが,作中で言及されている,ある傑作映画−わたしも大好きな映画へのオマージュとして「よし」としましょうか(笑)
「ラスト・ワン」
 みずから設計に関わったビルに侵入した建築家の目的は…
 巨大なビルや実験施設,軍事施設などに,主人公が単身忍び込むというシチュエーションは,冒険小説の「華」でもあり,この作者が好んで取り上げる設定でもあります。この作者の「ゲリラ戦好き」という嗜好も現れているのでしょう。その動機もまたきわめて個人的(主人公本人の言に従えば「愚かな」)もので,そういった「個的な戦い」にこだわるのが,この作者の資質もしくは世代なのかもしれません。しかしその「愚かさ」「こだわり」が昇華されるラストは,鮮やかの一言に尽きましょう。

02/09/19読了

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