エラリイ・クイーン編『EQMMアンソロジー I』ハヤカワ・ポケット・ミステリ 1962年

 アンソロジストとしても有名な編者によるアンソロジィ・シリーズの1冊。ポケット・ミステリでは「I」ですが,第3集とのことです。ベテラン,大物がずらりと並んでいます。ただ巻末の「編集者のおぼえがき」には,「中編三編,短編二十編」とありますが,本書の収録作品は計12編。翻訳の際にさらに選別されたのでしょうか? そのへんについての解説はないようですが…

E・S・ガードナー「緋の接吻」
 愛人の他殺体を発見した女は,ある企みを思いつき…
 「弁護士ペリイ・メイスンもの」の1編(このシリーズを読むのは,十数年ぶりです)。いわゆる「倒叙ミステリ」的な部分と,「真犯人捜し」というオーソドクスな本格ミステリ的部分を併せ持ち,なおかつ,このシリーズの最大の「売り」であるメイスンの奇矯でいて理にかなった法廷パフォーマンスが楽しめる,短編ながら「ぜいたく」な作品です。
アガサ・クリスティ「お宅のお庭は?」
 ポアロの元に届いた依頼状。しかし彼が会う前に依頼人は死んでしまう…
 おそらく作者は,「ある日常的な光景」をヒントにして,本編のトリックを思いついたのではないかと思います。げに恐ろしきはミステリ作家の観察眼(笑) それにしても,相変わらず,この作者の犯人はあきらめがいいですね。
ジョン・ディクスン・カー「ハント荘の客」
 名画を盗もうとして殺された賊は,なんとその家の主人だった…
 「ギデオン・フェル博士シリーズ」の1編。『不可能犯罪捜査課』の感想文でも書きましたが,この作者の作品の魅力は,不可能犯罪を成立させるトリックのユニークさのみにあるのではなく,そのすぐれたストーリィ・テリングもあります。その魅力がいかんなく発揮されている作品と言えましょう。
レイ・ブラッドベリ「鉢の底の果物」
 殺人を犯してしまった男は,残っているはずの指紋を消そうとするが…
 家を出てから「ガスの元栓,締めたかな?」とか「電灯,消し忘れてなかったかな?」とか,思い悩むようなタイプ(<わたしだ!)は,けっして衝動的に人を殺してはいけないという,ありがたい教訓(笑)に満ちた作品です。
ニコラス・ブレイク「暗殺者」
 ミステリ作家の集い「暗殺者クラブ」の晩餐会で,殺人事件が…
 本編の眼目は「意外な犯人」と,その犯人にいたる探偵役の着眼点にあるのだと思いますが,推理と言うより,どこか探偵役の「連想ゲーム」みたいな感じがして,インパクトがいまひとつです。シリーズものの1作のようですが,主人公の「名探偵ぶり」が「前提」になってしまって,初読の読者にはちょっと不親切なのかも?
マッキンレイ・カンター「褐色のセダン」
 刑事3人を銃殺した男たちは,褐色のセダンで逃げた…
 舞台が1930年代ということで,ほとんど『アンタッチャブル』(個人的には,映画ではなくテレビドラマの方)の世界です。若き警官である主人公の,けっして派手ではないけれど,凛々しく,誇り高い姿が印象的です。
シンクレア・ルイス「幽霊パトロール」
 45年間,ひとつの町で警察官と勤めた男は,ついに引退の時期を迎えるが…
 否応もない時代の流れの中で(それは単に主人公の「老い」だけではなく,警察官の存在意義そのものの変化も含みます),引退せざるをえない男の悲しい姿を描いています。しかし,主人公の「町に対する暖かい想い」によって,「狂気」に陥るすれすれの部分で回避されているのは,ホッとします。
パトリック・クェンティン「七転八起」
 妻の殺害を決意した夫は,あの手この手を試みるが…
 わたしが密かに「孫悟空パターン」と呼んでいるタイプの作品です(<いかん! ネタばれか?)。それにしてもこの奥さん,小池真理子の初期短編に登場するような,きっついキャラですね(笑)
F&R・ロックリッジ「誰もいえない」
 夫が妻の愛人を殴り殺した…犯人も犯行を認めた単純な事件だったが…
 作者の細心の注意を払った文章がいいですね。おまけに,単に不自然さを感じさせないだけでなく,「しゃれたセリフ」になっているところが,じつに心憎いです。
フレドリック・ブラウン「完全犯罪」
 脚本家を強請る役者は,新しい舞台の役を得るが…
 売れない役者であるとともに強請りでもある主人公の,屈折した心情を上手に描き出すとともに,その心理を巧みにプロットにはめ込んで,意外な結末へと展開させるストーリィ・テリングは卓抜したものがあります。
フィリス・ベントリイ「登場人物を探す作者」
 新作のキャラクタ設定に悩む作家は,列車の中で刑事と出会い…
 アームチェア・ディテクティヴです。話を聞いただけで,性格まで断じてしまう,ある意味作家らしい(笑)推理が,少々鼻につきますが,ミス・リーディングの上手さゆえの,思わぬ伏線が楽しめます。
コーネル・ウールリッチ「おまえの葬式だ」
 警官隊に追いつめられた無法者夫婦がとった行動とは?
 映画『俺たちに明日はない』的なプロットに,きわめて古典的なあるモチーフをミックスすることで,アイロニカルな物語に仕立てています。それにしても,そのクライマクスの「場」にいた人たち,さぞかし肝を冷やしたでしょう(笑)

05/06/23読了

go back to "Novel's Room"