佐江衆一『続 江戸職人綺譚』新潮文庫 2003年

 「年ばっかりとっちまったが,火と鉄と玉鋼,それに泥と水と木のほかは,なんにも知らねえよ」(本書「江戸鍛冶注文帳」より)

 江戸時代(一部,明治)のさまざまな職人の姿を描いた連作集『江戸職人綺譚』の「姉妹編」です。8編を収録しています。

「一椀の汁 庖丁人・梅吉」
 若き料理人・梅吉は,ライヴァル・信三郎に対する嫉妬のあまり…
 「好事魔多し」とは,よく言ったものです。「うまく行っている」と思っていたからこそ,梅吉にとっては,よりショックが大きかったのでしょう。またラストの「待っている者」というのは,ひとりの女性に象徴されながらも,特定個人ではなく,「庖丁人」としての梅吉の料理を食べてくれる人のことなんじゃないかと思いました。
「江戸の鍛冶注文帳 道具鍛冶・定吉」
 安五郎棟梁から,大鉋の注文を受けた定吉は…
 本集では,ライヴァル関係がしばしば取り上げられていますが,「客」と「職人」というのも,やはり「道具」を介した,ある種のライヴァルなんでしょうね。安五郎が,定吉に,みずから削った鉋屑を送って来るというのは,じつにかっこいいです。
「自鳴琴からくり人形 からくり師・庄助」
 手鎖の刑を受けた庄助を監視する役目の三右衛門は,しだいに彼に好意を抱き…
 同じ職人でも,こういった「人に似たもの」を作ろうとする世界においては,どこかマジカルな,あるいは狂気じみたものが紛れ込んでくるのかもしれません。内なる「闇」に苦しむ主人公の姿を,時代状況をたくみに重ね合わせて描き出しています。ところで今年(2003年)の夏,国立科学博物館で開かれた「江戸大博覧会」というのに行き,「からくり人形」の実演を見てきました。職人さんの技術のすばらしさに瞠目。
「風の匂い 団扇師・安吉」
 藪入りの日,母の元に帰った安吉が見たものは…
 クロード・モネの絵にもありますように,19世紀後半,日本の団扇や扇子は,ヨーロッパの人々にすごく愛好されたそうです。それを支えていたのが,こういった職人さんたちなのでしょう。「職人未満」の主人公を描く本編は,ビルドゥング・ロマン的な味わいがあります。
「急須の源七 銀(しろがね)師・源七」
 加賀様から銀器作成の依頼を受けた源七は,その意匠で悩み…
 美術館の展示ケースに並べられた「職人の技」…それはおそらく職人の仕事の「ごく一部」でしかないのでしょう。日々の生活の中で使われ,壊れ,捨てられていくものの方が圧倒的に多いのが,職人たちの作り出した「もの」の運命なのでしょう。そんな日用品を作る職人の意地と矜持を描いた作品です。
「闇溜りの花 花火師・新吉」
 按摩が,盲目になる前,最後に見た花火にまつわる話とは…
 一人称の「語り」による,本集では異色な作品。花火師新吉と,恋人おしなとの悲恋を核としながら,冒頭で,さらりと触れられた殺人事件が牽引力となり,また語り手の按摩と花火師との関係などが絡められていきます。そのミステリアスなストーリィ展開が魅力となっています。
「亀に乗る 張型師・文次」
 鼈甲細工師の文次は,知り合いの老細工師から,あることを依頼され…
 やはり圧巻は,本編に登場する,100年以上「使い込まれてきた」という張型でしょう。もちろん想像するだけですが,なんとも淫靡な鬼気迫るものがあるように思えます。
「装腰綺譚 根付師・月虫」
 武士の身分を捨て,根付師として再出発した月虫は…
 「「好き」じゃないとできないけれど,「好き」だけではできない仕事」というのは,たしかにあるようです。そんな仕事を選んだ主人公月虫の姿を,彼に想いを寄せるお仙の目を通して描いているのですが,キャラクタの設定と配置,そこから生まれる確執から,クライマクスへと導いていくストーリィ・テリングは絶妙です。ラストの緊張感は,宮部みゆきの佳品「神無月」『幻色江戸ごよみ』所収)を彷彿とさせます。本集で一番楽しめました。

03/10/19読了

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