藤田宜永『動機は問わない 私立探偵・相良治郎』徳間文庫 2000年

 『理由はいらない』に続く,私立探偵相良治郎を主人公としたハードボイルド連作短編集です。計6話を収録しており,各編,ミステリ的謎解きも挿入されていますが,むしろ犯罪を通して浮かび上がる人生の悲哀,皮肉を描き出すことに主眼が置かれているようです。

「第一話 苦い再会」
 高校時代の友人から,家出した妻を捜してほしいと依頼された“私”は…
 主人公の相良は,40歳代半ばという設定のようですが,その年代の人々(おそらく作者もそうなのでしょう)にとって,「70年安保闘争」は大なり小なり影を落としているようです。そして犯人にとって,その「過去との再会」は,「その後の人生」を否定されたような気持ちにさせたのかもしれません。
「第二話 ヤドカリ」
 ある殺人事件をめぐって,ひとりの女性を脅迫する相手を突き止めてほしいと依頼され…
 ハードボイルド小説において「大人」と「子供」というテーマは馴染み深いものでありますが,両者の関係は,時代時代の世相を反映しているのではないかと思います。この作品で描かれる「子供」,甘ったれでいながら,プライドだけが肥大した「子供」の姿は,やはり現代的なものなのかもしれません。
「第三話 ひとりの時間」
 夫の浮気を疑う妻から素行調査を依頼されるが,夫は「ひとりの時間」がほしかっただけだった…
 本エピソードの主人公のように,それほど「ひとりの時間」に執着するならば,相良が問うように「なぜ,結婚をしたんだい」という疑問は当然でしょう。それゆえに,共同生活を営みながらも,その相手の思いに想像力が及ばないこの男の姿は,どこか子どもじみたものを感じます。もっとも「ひとりの時間」を愛するという点に,共感めいたものを感じる気持ちも,一方であるのですが…
「第四話 不幸な出会い」
 かつての依頼人が殺され,その容疑者の潔白をはらすよう依頼されるが…
 う〜む…この元ネタを週刊誌かなにかで目にしたことがあるせいでしょうか,やや「風俗」に走っているような印象が強かったですね。プロットも時代劇を見ているようで,いまひとつでしたし・・・しかし,ラストで,事情を知らない事務員の声が空虚な教室に響くシーンはいいですね。
「第五話 一億円の幸福」
 かつての友人から,盗難車を探してほしいと依頼されるが,そこにはもうひとつの「裏」があり…
 小さな事件を発端に,ぐるりとめぐって,家族の問題に行き着くという展開は,ハードボイルド・ミステリのフォーマットを踏襲したエピソードと言えます。ただそのわりには,そういった作品にある「重み」が感じられず,どうも薄っぺらな印象が残ってしまうの,“犯人”の人物造形がいまひとつくっきりしないからでしょうか?
「第六話 可愛い子供たち」
 娘の浮気相手を調べてほしいと依頼された“私”が調査している最中,殺人事件が発生し…
 「不倫」というと,いつも当人同士,あるいは不倫相手の妻や夫との関係がメインにおかれますが,本エピソードで描かれるような「親」との関係も,じっさいにはあるのでしょう。「皮肉」というには,あまりに哀しい真相と,アリバイの謎が解き明かされたときの空虚感が,味わい深い幕引きとなっています。本集中,一番おもしろかった作品です。

00/06/28読了

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